Clap | ナノ


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ミエナイモノ




自転車を漕いで、明るい街灯から逃れ、小さな橋を渡り、寂れた鳥居の前にたどり着く。

「宍戸さん、こっち」

なんだかよくわからないことになった。
だが目の前の後輩はわくわくして、バッグから取り出した懐中電灯なんか点けている。
長い石の階段。その先は暗闇に呑まれている。

秘密の場所があるんです、と言って誘い出された夏の宵。
まさかこんな不気味なところとは…。なんて口には出さないが、今宍戸の眉間にはしわが刻まれているだろう。

「おい、俺の明かりは?」
「え。ないっすけど」
「はぁ?なんで!」
「だって宍戸さんのきれいな肌に虫刺されができたら嫌ですもん」

鳳は自分を照らして、それから鳥居の先を照らした。

「手を繋げば大丈夫ですよ。ただし約束。……これから絶対に上は見ないで」
「……いえす」

なんだよそのワントーン低いセリフは。森を見上げたらなんか有るのか居るのか。考えたくもない。
宍戸はごくりと唾を飲み込んで、鳳の手を掴んだ。温かさに人心地して、不安の原因が誰か忘れてしまうのに気がつかない。

苔むした長階段は、おそらくテニス部で鍛えている二人にはたいしたことはなかったはず。だが神社の独特の雰囲気と、か細い灯り一つという状況のもとに、宍戸は精神的にも肉体的にも疲労困憊してしまった。
鳳は一息つくこともせずに、石畳に続く古めかしい境内を登っていく。それから急に頭を下げたかと思うと、

「少しの間、おじゃまします」

首から十字架を下げているような男だから、なんだかテキトウだ。
それでも鳳は万事OKらしくて、笑顔で宍戸の両手を取った。

「あのね…俺がいいって言うまで目を閉じててくれますか?」

げぇ、と思ったが後輩の手前、怖いとは言えない。もちろん幽霊の類いを信じきってるわけでもないけれど。ここ真っ暗な神社だぞ。
口をもごもごさせる宍戸の顔をしばし眺めた鳳は「あぁ」と呟く。
俯いていると首にするりと落ちてくる、なにか。

「え。あ…クロス、お前の」
「目を閉じて」

今度は素直にまぶたが下りた。
案外自分はマゾの気があるのかもしれない、なんて考えて肩の力を抜いてみる。
ひんやりした風。
虫の音。
草のにおい。
鳳ががさがさと音を立てて何かしている。
それはビニールシートだったらしく、鳳に手を引かれながら宍戸は目を閉じたままそこに寝そべった。

「宍戸さん、もう目を開けていいよ」



満天の星が広がっていた。
見馴れた一等星がまぶしいくらい輝いている。
それよりはるかに小さな星だって身を焦がしていた。知っていたのに、忘れそうになっていたんだ。



「…すっげぇ綺麗だよ。長太郎」
「七夕デートがしたくて」
「ロマンチスト野郎め」

天の川を見上げたまま二人で指を絡めあう。
怖がってバカみたいだったなぁ、俺。
宍戸は胸の十字架に手を添えた。

「あのさ」
「はい」
「こんなに星は見えなかったし、あれだけど、特訓したこと思い出す」

全身のエネルギーがすっからかんになって、傷だらけになって、夜のテニスコートに何度も倒れこんだ日々。

「はい。思い出します。俺はこんなに宍戸さんの傍にいなかったけど」

月明かり。
かすかに鳳の微笑みが映る。

「…そんな顔すんなよ、バカ」
「え。どんなです?」

不思議そうにする鳳に覆い被さると、宍戸はそっとキスをした。

「あの頃も今夜もありがとう、」

長太郎。
という囁きは恋人に奪われてしまったから、その下唇を柔く噛んだ。







END.


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