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◇泡沫の光 〜うたかたのひかり〜

!注意!

※医者×ショタな厨ニ病パラレル

※ツイッターの診断メーカー「奇病にかかったー」「奇病病棟」の診断結果より妄想した小話です。
【診断結果】
■宍戸亮は腕に鱗のような痣ができる病気です。進行すると一日を殆ど眠って過ごすようになります。花に付いた朝露が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665
■宍戸亮の病室は203号室です。右目から桃色の花が咲くという病気にかかった患者と出会い仲良くなります。密かに小児科医に恋をしています。 http://shindanmaker.com/357863


以上で大丈夫な方はどうぞ。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






ふと目を覚ますと、あたりは静まり返っていた。
病室のカーテンが暁の色に染まっている。
これは朝焼けか、夕焼けか。
時間の感覚があまりない亮は、隣の寝台の岳人をみた。
右目の眼帯を押し付けないように、枕を抱いて熟睡している。
元気いっぱいの友達は夕方にお昼寝などしない。
つまり、
「…あさ、だ」
掠れた声で一人呟き、そろりと寝台から降りる。
裸足にひんやり床が冷たい。
サンダルを引っ張り出すと、つま先につっかけて慎重に一歩、踏み出した。
すると隣の寝台からけほっ、と小さなくしゃみがした。振り向くと友達のシーツに桃色の花弁が散っている。
亮ははだけた布団を、静かに静かに岳人の肩へとかけ直した。そうしてもうくしゃみが出ないのを確認して、今度こそ203号室から廊下へ出た。
ふらふらするが手すりに掴まれば歩けそうだ。
目指す場所は、ぐるりと病室の壁に囲まれた中庭。
今ならあの人が薬草の温室にいるかもしれない。
手すりを握るたび、両腕の鱗状の痣が痛む。
けれど亮は歩みを止めない。
こんな時間に目を覚ますなんてこと、またあるかどうかわからないから。

ようやく中庭にたどり着いた頃には朝焼けも黄金色に明るくて、亮は急いで温室の硝子扉を押し開けた。
ギィ、という音に、青い薔薇の茂みががさがさ揺れる。そこからひょいと顔を上げたその人は、信じられないような顔をして固まった。
「…えっ、亮くんかい?」
「せんせえ」
白衣の男がこちらに駆け寄ってくる。
亮は痣のある手を後ろで組んだ。「長太郎せんせ、おはよう」
「おはよう。早起きさんですね」
長太郎は膝を折って、亮の頭を優しく撫でた。
ほかの医師であれば病室に戻りなさいと追い払われるだろう。
いい子だねと囁く声や笑顔がくすぐったくて、亮は下を向いてもじもじした。
「長太郎せんせえも早起きだな」
「うん。今ね、庭の花から朝露を集めていたんです。亮くんが元気になるお薬ですよ」
長太郎が朝露の入った硝子瓶をゆらゆらと翳す。
「もう少しで集め終わるから、そこのベンチで待っていて?散歩をしましょう」
「うん」
亮はすぐ傍の小さなベンチに座り、作業する長太郎の横顔を眺めていた。
花に添えられた男らしい指先。雫を見つめる美しい琥珀色の瞳。朝日を透かす銀糸の髪の淡い輝き。
長太郎先生は、優しくて、かっこいい。
つい笑みがこぼれ落ちそうになって、亮は俯いた。
「あ…」
すると視界に入った鱗の腕。
醜くも妖しく陽光を吸って光るそれ。
亮が時間の感覚も覚束なくなるほど昏睡してしまうのも、この痣の奇病が進行したせいだった。
この病棟には様々な奇病の患者が集められているが、中でも亮の病は不気味なもので、最悪の場合、眠り続けて死に至る。
両親にも気味悪がられて、どこの病院からも匙を投げられて、最後にたどり着いたのがここだった。
長太郎は「きっと治るから。僕と一緒にがんばろう」と亮の小さな手をきつく握りしめた。
真摯に輝く宝石のような瞳に、ほんの少しだけ希望を感じて、そしていつしか叶わない恋をした。
包帯を巻いてこれば良かった。
どうせ診察の時に見られているけれど。
せっかくここは病院の外なのに。
「亮くん、お待たせ」
長太郎の声に、亮は慌てて手を後ろで組んだ。
しかし次の瞬間、体が宙に浮いた。隠していた手は反射的に白衣へしがみついていた。
「わっ、せ、せんせ…!」
抱き上げた亮を慈しむように見つめる目。
焦る亮などお構いなしだ。
「ここまで歩いてきたんですよね?」
「え、うん…」
「いい子。頑張りましたね」
「せ…せんせえが、いるかなって…だから、急いだんだ」
恥ずかしいけれど正直に言うと、長太郎は嬉しそうに亮の頬に触れた。
「じゃあ、お散歩はこの特等席でしましょうか」
「…長太郎、せんせ…」
長い指が黒髪を撫で梳いていく。
心地よさに瞼が重くなってくる。
「そのあとはお部屋に戻って、朝露を……あぁ、亮くん。もうおやすみかい?」
近頃は起きていられる時間も短くなってきた。
また長い孤独の夢路が始まる。
わかっていたのに、何もこんな貴重な幸福な一時を奪うなんて。
亮は引きずり込まれていく闇から必死に抗った。
「…さん…ぽ…」
まっすぐ保とうとする小さな体が胸に抱き寄せられる。
「うん。中庭を散歩して帰ろう。それから、朝露も僕が亮くんに塗ります」
「…」
ぜったいだよ、と念を押したくとも、それは言葉にならなかった。
「寂しいよ。夢の中でも僕のことを考えていて」
やわらかな日だまりのような声。
暖かい手が、額を、瞼を、唇を撫でていく。
「おやすみ、僕の人魚姫。愛しているよ」
今のは夢か幻か。
それは亮が眠りの世界でよく聞く言葉だった。



END.


2014/02/13