どうして桐原はわざと挑発するのか。
 そして自分を会話の中に入れないで欲しい。
 
 紗衣はそんな思いを込めて目を逸らした。
 だが二人は紗衣の様子などどうでもいいようで、全く見ていない。
 
 彼女を話題に上げておいて本人は置いてけぼり。
 そのくせ、紗衣が無視できない爆弾を更に投下した。
 
「素直に紗衣と離れたくないって言えばいいのに」
「だからそう言ってんだろうが」
「本人に伝わってないんじゃ意味ないっての」

 放置。落っこちてきた爆弾は凄まじい威力で紗衣を襲ったというのに、二人はお構いなしに口論を続けている。
 
 何だったんだ今のやり取りは。
 固まったまま二人を凝視するしかない。

「椿っちゃん……今わたし雷に打たれたような衝撃を受けた気がするんだけど」
「そうですか」
「えぇ軽くない!? 主人の一大事なのに聞き流しちゃうんだ!?」
「それはまぁ、この展開が予想出来てなかったのは紗衣くらいだと思うので」

 マジでか!?
 
 休む暇も与えられず次々と驚きの事実が発覚してゆく。
 
 完全に傍観に徹している大和達も、面白がりこそすれ驚いている様子はないから、椿が言っている事はあながち間違いでもないのだろう。
 
 常に状況を先読みして行動する能力が自分にはあると自負していた紗衣だけに、この事態が読めなかったのがショックでもあった。
 
 でも仕方がないのではないか。
 だって相手はあの須藤なのだ。
 むしろ何故みんなは気づいてたのかと問いたいくらいだった。
 
「紗衣」

 未だやいやい言っている桐原を無視して、須藤が紗衣に向き直る。
 
「まぁそういう事だから」
「だ、だから……?」

 半ば環の背に隠れるようにしながら恐る恐る尋ねれば
 
「手ぇ引くのが遅かったな」

 立ち上がって紗衣の傍まで来ると須藤はそっと肩に手を置いて耳元で囁いた。
 
「逃げらんねぇように俺とおんなじトコまで堕としてやるよ」

 彼は何時にも増してあくどい顔をしながら実に彼らしい、きっと愛の告白をしてのけた。
 
 何の衒いもないのはそれが一般的にはただの脅しとしか取れないようなセリフだからか、彼の性格ゆえなのか。
 
 須藤という男をよく知る紗衣だから、さすがにこれは理解出来たのだが、如何せん脳は脅迫と受け取ったようだ。
 瞬時に顔を青くさせた。

 紗衣が怯えているというのに、須藤は満足気に口を上げるとそのまま何も言わずに出て行ってしまった。
 
 それを呆然と眺めていたのは紗衣だけではない。
 
「うーわ、須藤さん言いたい事だけ言って帰っちゃったけどいいんスか?」
「……あーまぁいつもの事よ」
「ていうか何あいつキモー」

 大和と山野井は呆れ気味で、桐原に至っては嫌悪を抱いているかのような発言。
 だが全員が笑っているところを見ると、言葉通りの内心ではないようだ。
 ちなみに和真はもうとっくに退席している。
 
 そのどれもが紗衣にはどうでもよくて。
 
「ぜ、絶対に須藤さんを更生させてやる!! 誰が堕ちてやるもんか……っ!」

 今後の新たな目標が今度こそ出来上がった。
 拳を握り決意表明するも、やはり三人の反応はいまいちだった。
 
「紗衣……」
「無理だろ普通に」
「あっははー!」

 三者三様だったけれども。
 
「同情すんな否定すんな笑うなぁぁっ!!」

 紗衣に須藤をどうこう出来る訳がないのだと、誰もが気づいていた。
 
「紗衣ちゃん。えっと、なんかおめでとう!」
「……店長……」

 “なんか”という曖昧でよく分からない一言に、総てが凝縮されているようで、紗衣はついに脱力した。
 
 それは諦めでもあったし、現実を受け入れる行為でもあった。
 
 
 

end
'12.01.16^'12.03.25



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