「正義?」
「あんの馬の骨が……私の妹を誑かしよって」
「ぶっ! 馬の骨!? 馬の骨!?」

 急に横から飛んできた男の声にそちらを見れば、山野井の肩に腕を回している桐原がいた。
 堪えたいのかは解らないが、口元に手を当てながら笑っている。
 
「紗衣ちゃんあの子オレんとこの子だよー」
「そうなんですか。ていうかノイさん今までどこ行ってたんです?」
「いただろ! お前等の近くで伸びてる南の奴等縛り上げてただろ!」

 え、本当に?
 
 香苗の事しか考えていなかったから、山野井の様子など微塵も気にしていなかった。
 それどころか今の今までその存在を忘れていたくらいだ。
 
 その事に桐原が腹を抱えて更に笑い声を大きくする。
 
「堂島さん! こっち全部片したよ」

 軽快な足取りで駆け寄ってきた倖。
 手を振る少女にぎょっとする。
 
「ちょっ、倖ちゃん可愛い女子中学生にあるまじき返り血!」

 遠目では分らないが、ある程度まで距離を詰めれば制服の所々が赤く染まっているのに気づく。
 
「うーん……これ洗濯してとれるかなぁ」
「血のしつこさ舐めんな! てかそういう問題じゃないでしょ!?」

 華やかな見目と年齢の割に高い背。
 モデルのような容姿をした女の子が何の疑問も抱かず喧嘩に明け暮れるなんて。
 
「妹ちゃんも無事だったし、これで一件落着か」
「この縛った奴等どうするの?」

 数十分前に香苗がやっていたように、縄を解こうともがいている不良を倖が蹴倒す。
 
「そいつ等はノイさんに連れて帰ってもらって須藤さんにどうにかしてもらう」
「……須藤さんに引き渡すんだ」
「どんな末路が待ってるか見ものでしょ」

 完全に他人事として話す紗衣。
 どうなるかなんて解りきっている。それは本人達も同じで、別人のように顔色を悪くしている。
 
「わたしに喧嘩売ったらどうなるか思い知れ馬鹿共が」
「あっははは! 紗衣ちゃんかっけぇー! じゃま、メンドくせぇ処理は須藤に押し付けてオレ帰ろっと」

 ああ楽しかった、と一人だけ終始遊び感覚だった桐原が山野井から離れた。
 ちらりと西峨を見る。正確にはその傍にいる香苗を。
 
「香苗ちゃんだっけ?」

 話かけられた香苗は大げさに怯え、西峨の後ろに隠れる。
 
「人見知りちゃんだなぁ」
「ただ怖がってるだけだと思います」

 と言うよりも当然の対応だろう。
 少女に怯えられているというのにへらへらとした態度を崩さない。
 
 西峨の服を掴んでいる香苗の腕を引っ張って前に出すと、少女の頭を軽くぽんぽんと叩く。
 


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