「叫ぶな、目を瞑れ」

 二人の間はそこそこ距離があったけれど、香苗にははっきりと少年の声が聞こえ、素直に従った。
 彼が何者であるかは知らない。
 でも直感的に、助けてくれる側の人なのだと思ったのだろう。
 
 一人こんな所へ連れてこられ、極度の恐怖と緊張そして孤独感に晒されていた香苗は、漸く現れた味方だろう少年に縋るしかない。
 例えどんなに非力な子だったとしても、まるでヒーローのように絶対的な信頼が瞬時に芽生えていた。
 
 彼の言う通りにする以外の選択肢など香苗の頭の中にはなかった。
 
 
 それから程なくして、ぐいと腕を掴まれて香苗は目を開けた。
 
 辺りに散らばる不良達はぐったりと横たわっている。
 
「……あ」

 あんなに苦心したのが嘘みたいに少年があっさり手と足に巻き付いた布を解いてゆく。
 すっかり解放された香苗は、まるで生まれたての小鹿のように足を震えさせながら立ち上がった。
 
「あ、あの」

 弱々しく言葉を発した香苗だったが、少年は聞く耳持たずといった風に踵を返した。
 
 行ってしまう。
 
 すぐに気付いた香苗はもたつく足で走って彼の服の袖を掴む。
 面倒臭そう目を細めながらも立ち止まってくれて、ほっと息を吐いて。
 
 ぽたぽた、血が滴っている自分よりも一回り大きな手を握った。
 
「お……お姉ちゃんが、強いはセイギだって。世の中にはカチ組とマケ組があって、勝つのは強い方で、強い人が正しいって思われるから。だから」

 手に力を込める。
 
「だからお兄ちゃんは、セイギだよね」

 顔を上げれば、赤錆色の瞳が怪訝そうに香苗を見下ろしていた。
 威圧的なそれは、いつもの香苗なら腰が引けていただろう。
 だが彼はたった今自分を助けてくれた人だという事実が鮮明だからなのか、怖気づかずにまっすぐ見返す事が出来た。
 
「セイギ、だけど。私は怖いのヤダ……だって痛いよ!? 強いのより優しいのがいい」

 多分殴った際に切って出来たらしい傷を、さっきまで縛られていた布で覆う。
 
「痛いのに、ごめんなさい。ごめんなさいあり、がとう……ございます」

 ここに来てずっと抑えていた感情が一気に爆発したのか、香苗はしゃくり上げながら泣き出してしまった。
 涙を流しながら途切れがちにごめんなさいとありがとうを繰り返す。
 
「忙しいヤツ」

 西峨の行為を肯定しながら責め、泣きながら謝罪し、感謝する。
 神経が昂っているからなのだろうが、その支離滅裂ぶりに思わず笑いそうになった。
 
 なっただけで、実際には表情にさえでなかったのだが。
 
 香苗に掴まれていない方の手をそっと伸ばす。
 
 少女の髪に触れる寸前
 
「香苗!?」

 



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