「短い」
「へ? あ、髪……ですか」

 じぃと私の顔より少し後ろを睨む西さん。
 そう言えばこの人、よく髪弄ってきてたなぁ。
 
 昨日また切り直してきたから、今すごく短いし。
 
「イメチェン、イメチェン」

 へらーっと笑って誤魔化す。
 何で切った、とか聞かれたら面倒だ。
 
 特にこの人には深く突っ込まれると厄介な事になる。
 
「まー久しぶりだから積もる話もあるだろうが、ちと切羽詰まってるんだわ。話進めていいか?」

 西さんが何か言う前に東さんが割って入った。
 舌打ちする西さんに怯む事もない。
 
 さ、さすがだぁ……! 東さんのこういうとこ好きだな。
 
「お姉さんから何も聞いてないって言ってたから知らないだろうけど、北が大変な事になってるんだ」

 静かなんだけれど、どこか緊張感を含ませた声音でショカさんが言う。
 
 北、と聞いて一番に思い浮かぶ子がいる。
 不安に駆られた。
 
「どこぞの狂犬が暴れまくって手がつけらんねぇ」
「きょ、狂犬? ……ん、犬って土佐犬!? それを私にどうにかしろと? 鬼ですか!」
「黙れ」

 酷い!!
 ちょっと場を和ませようとしただけなのにー。
 西さんノリ悪すぎー。
 
 恨めしげに睨むと乱暴に頭を掻き乱された。
 痛い痛い、育毛には刺激が必要らしいけど、これ強すぎて抜ける!
 
「喧嘩売られりゃ買うけどな、八つ当たりに何時までも付き合ってやるほどこっちは暇じゃねぇんだ」
「……やっぱ犬ってあの子ですか」
「今は犬なんて可愛いもんじゃないよ、狼っていうかまんま獣」

 うっわー。
 想像してしまってげんなりした。
 
「カナは一応は一般人だし、あんま巻き込まない方がいいと思って最初は堂島さんに頼んだんだけどな」

 姉に連絡取ったときの事を思い出したのか、東さんが眉を下げて苦笑する。
 
「あの駄犬はカナの言う事しか聞かないから、私が行っても意味ないわよーってすっぱり断られた」

 お姉ちゃーん!!
 結局は自分の身が大事ですね、そうなんですね!
 あっさり私を売り飛ばすなんてぇ。
 
 駄犬……じゃない、あの子はきっとお姉ちゃんの言う事聞くよ? 私が頭上がらない人だから、アパルトヘイトにも似た人間関係ピラミッド図の頂点に位置づけられてると思うよ?
 
 今更言っても遅いけど。
 がっつり巻き込まれてしまいましたからね。
 
 うーん……確かに喧嘩は滅法強い子だけれど、それを誇示して喜ぶような子じゃないし、無闇やたらと暴力を振りかざさない。そんなに短気でもないはずだ。
 私がいない間に何があったんだか。
 思春期真っ只中の男の子って難しい。
 
「兎に角、あれの相手すんのは面倒臭ぇ。香苗がなんとかしろ」
「ええー何で私が」
「お前の飼い犬だろうが。躾けろ」

 おおお、知らない間に私はペットを飼っていたようです。
 
 犬かぁ、最近犬属性の人多いような気がする。
 たまには猫が恋しくなるよね。基と時芽がそうだ。あの気ままさが懐かしいなぁ。
 
「カナちゃん大丈夫?」
「ん? 何がですか?」

 きょとんとすると、ショカさんも目を丸くした。はて、何か私変な事言いましたでしょうか。
 はっと隣で西さんが鼻で笑った。

「コイツはあれの本性知らねぇからビビりようがねぇんだろ」

 ああ。荒れ狂ってるあの子のところに行くの怖いでしょ、大丈夫? って意味だったのか。
 そうですね。私は怖がりだけどあの子が怖いとは今まで一度も思った事ない。
 
「いやいや、私だって何度もあの子が返り血まみれになってるとこ見た事ありますよ」
「へぇ」

 含みのある言い方だった。
 意地悪く口の端を上げるだけの笑みを浮かべる西さんは、それ以上は何も言わない。
 実際に見てみろと言うことらしい。
 
 現在18時。
 これから長い長い夜が始まる。
 
 
 



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