リクエスト | ナノ



「……………毎度毎度お約束すぎないかな」

ボンッという爆発音と共に、ナマエは薄汚い暖炉から放り出された。
へたり込んだまま辺りを見渡せど、ダイアゴン横丁のように活気のいいお店なんて一つもない。ここは日の差さない影の街ーーーノクターン横丁だ。

「なんでこうも煙突飛行って面倒くさいことになるんだろう」

そもそもの発端は10分前。
最初にやらかした失態を考慮し、握ったフルーパウダーをそっと入れたところまではよかった。
粉が舞い上がらないことに安堵し、口にした言葉は、「ノクターン横丁」。
そう、「『ノクターン横丁』に行かないように」と頭の中で反芻していたところ、意識を向けすぎて一番最初に口にしてしまっていたのだ。

あれ、と思った時にはもう遅く。へその裏側を引っ張られる感覚に目を閉じるしかなかった。


ナマエは膝に付いた汚れをパタパタと払い、さてどうしようかと頭を悩ませる。
今日はただのおつかい、またしても一人ぼっちだ。

「まあ、きっとノクターン横丁でも揃うよね」

ここに立っていても何も始まらないだろう。とりあえず歩き回ろう。

今回の目的は卿に頼まれた本や薬草、なんだかよくわからない魔法具が数点。

店の名前はわからないから適当にそれっぽい店を見て回らないといけない。
ダイアゴン横丁でウインドウショッピングでもしながら、と思っていたけど仕方ない。
卿のことだからノクターン横丁でも売ってるものだと思う。

「………右かな」

女の勘を駆使し入り組んだ路地を右へ左へ移動する。

途中でぶつぶつと何事かを呟く老婆や蹲る男を見かけたがガン無視。あんなのに一々関わってたらこっちの身が持たない。話しかけられなかったのは杖を片手でしっかり持っていたからだろう。わたしは学習したのだ。

足早に薄暗い角を曲がると、すぐ目に飛び込んで来た、黒。
真っ黒なローブを纏い、顔には白い仮面を着けている三人の男。そして足元には倒れこむ男の姿が。
とても見覚えのあるその仮面はーーー死喰い人が、着けるものだ。

わあなんて偶然、と思わず白目を剥きそうになった瞬間赤い光線が飛んでくる。

「おっと」

レダクトで光線を飛び散らせると、そのままナマエは踵を返し走る。後ろから煩わしい怒号と足音が聞こえてきた。
あのまま足を止めていたらきっと乱闘になっていただろう。あのヴォルデモート卿直々に教え込まれているとはいえ本職の死喰い人三人を相手には出来ない。あまり目立ちたくもないのだし。というか面倒くさい。

「……逃げるが勝ち、ってね」

そのまま足を止めることなく走るものの、後ろから飛んでくる光線はいつの間にか赤ではなく緑色をしていて。
何の躊躇いもなく殺そうとしているのだろう。いよいよまずいことになってしまった。そもそもあの三人は私のことを知らないのか。

時折後ろに向かって妨害呪文やら失神呪文をかけるものの足音が減る様子もなく。しかも相手は大の大人の男だ、子供の足ではすぐに追いつかれてしまうだろう。
そのうえ適当に角を曲がっていたためここがどこなのかもわからない。

これは腹を括り立ち向かうしかないか。そう考え足を止めようと角を曲がった瞬間、突然杖腕の手首を掴まれ、すごい力で引き寄せられる。

瞬時に声を出そうとしても大きな手で口を塞がれ杖腕と共に壁に押し付けられてしまう。
蹴りでも入れてやろうかと相手の顔を見上げると、目に入ったのは白。
ナマエは目を見開くと彼は力が抜けたのを感じ取ったのか杖腕を抑えていた手を退かし、自らの唇に指を寄せた。
しー、と黙っているようジェスチャーされコクコクと頷く。
満足そうな笑みを浮かべると口から手を離し、「ちょっとごめんね」と囁きナマエの脇と腰に両腕を回したかと思うと足が地面に着かない程度に抱き上げた。
ナマエが慌ててしがみつくとくすりと笑われローブに覆われる。そのうち大きな足音と怒声が聞こえ、声を出すまいと咄嗟に彼の肩口に口元を押し付けた。

先ほどの男たちだ。
黒く長いローブにすっぽり覆われ見えないとはわかっているが思わず息を止めてしまう。走り回ったうえ密着していることによって動悸が早い。ドキドキという自らの心臓の音を聞きながらそっと男たちの様子を伺う。
一人で壁に向かっていることに不信感を抱かれるのではと不安になるが、ここはノクターン横丁だ。そのような人間は沢山いる。
思ったとおり男たちはナマエたちの横を素通りしどこかへ走り去ってしまった。

足音が聞こえなくなりしばらくすると、漸くナマエの身体は解放された。

「ごめんね、咄嗟とはいえ手荒な真似を」

そう眉を下げて謝罪を口にしたのはイルバート・イグニア、アルビノの魔法使いだった。

「いいえ、こちらこそ助かりました」

動悸が落ち着きナマエが胸を撫で下ろしながらお礼を言うと、彼はにこりと綺麗な笑みを浮かべた。

「それにしても、あんな男たちに追いかけられるなんてね。しかもあれ、死喰い人だろう?」

穏やかな笑みが冷たいものとなり、男たちが去っていった方をちらりと振り返る。
その眼光は鋭く細められ、向けられていないナマエでさえもぶるりと背筋を震わせた。

「またお得意の迷子かな?」
「………返す言葉もございません」

こちらに向き直ったイグニアにくすくすと笑われてしまうと思わず頬が熱くなる。迷子になる度、イグニアに助けられているような気がするのだ。
雰囲気が良く知るいつもと変わりないものに戻ったことを察し、肩の力を抜いた。

「それで、今日はどうしたの?お使い?」
「そうなんです、幾つかのお店を回らなくてはいけなくて」

やっと笑いを引っ込めてくれたイグニアに持ってきた羊皮紙を見せる。買ってくるものの名前が連なっている羊皮紙だ。
さっとイグニアの目線が滑る。


「ああ、そういえば彼から預かっているものがあったな」

白く美しい指で羊皮紙の表面をなぞりふむ、と口元に手をやるイグニアを見上げていると、何か楽しいことを思いついたかのようにそうだ、と口を開いた。

「ボクも君について行こう」
「えっ?」
「君のことだからまた迷子にならないとは限らない。それにボクもちょうど退屈してたところだしね」

よし決まり、と羊皮紙をどこかに消し去ると反論する間もなく手を差し出される。
その口元には、悪戯気な笑みが浮かべられていた。

「お手をどうぞ、迷い姫?」

きょとんとしたのも束の間、ナマエは呆れたように息を漏らすと喜んで、と戯けながら差し出された手に自分のを重ねた。


****


「それにしても、キミの保護者ってつくづくサディストだよね」

先ほど手渡した羊皮紙を眺めるイグニアが呆れたように笑う。
うん?とその端正な顔を見上げると手に持つ羊皮紙を渡された。

「一番上に書いてある本は今から1000年くらい前に書かれた古書で今じゃ絶版になってるし、その薬草なんて5年に1度しか取れないうえに取れる量も限りがあるから、専門家の間じゃとてつもない値段で取引されてるんだよ」

ニコニコと笑っちゃうよね、と微笑みかけられるがそれどころじゃない。
こっちはノクターン横丁に売ってるだろうから見つけて買ってこいとしか言われてない。そんな希少価値のあるものなんて一言も………!

「卿の鬼畜……」
「あはは、確かに」

項垂れる私の隣でくすくすと笑うイグニアに毒気を抜かれるものの、これはあんまりだと思う。
………あれこの人さっき退屈だから着いてくるって言ってたような。もしかして面白がられてる……?

「まあ安心して、こういうの売ってるところは大体わかるから」
「え、ありがとうございます……」

楽しそうに笑うイグニアに、ああこの人も大概愉快犯タイプだなあ、なんて察したものの。
わたしの周りにはそんな人ばかりだし今更か、と苦笑を零した。


****

「………どう、これで全部?」
「はい、大丈夫そうです」

それからというもの、ほぼイグニアに頼りきった状態でお店に向かった。
すいすいと迷路のようなノクターン横丁を足取り軽く巡り、すぐに目的地へと辿り着く。

素直に感動すると「ここで何年も過ごしているからね」、とにこりと微笑まれる。
なるほど何年もここにいるとこんな迷路も攻略できるのか。

それからはイグニアが店主と掛け合い、値引き交渉までしてくれたのだ。
ナマエがやったのはただお金を支払うだけである。
………わたしイグニアさんがいてくれなかったらどうなっていたんだ。

「すみません、何から何まで」
「いいんだよ、ボクが勝手にやっただけだしね」

し、紳士だ………!!
流石英国と言わざるを得ない振る舞い。
普段接する男性はお世辞にも紳士とは言えない人ばかりなナマエにとって、完全なる英国紳士の振る舞いはとても眩しいものだった。

「あとはボクの店で預かってるものだけだ」
「そうですね、予想より早く帰れそうです」
「うーん、それはどうかな」

まだ15時。日が沈むくらいに帰ることになるのではと予想していたもののはるかに早く終わった。

日頃屋敷に引きこもっている身としては数時間歩き回るだけでもかなり疲れる。
早く帰れる、と頬が緩むもにっこりと効果音が付きそうなほど美麗な笑みで遮られる。

思わずえ?と声が出るも、当の本人は何も言わずにこにこと笑うだけ。
どういう意味だ、と反芻していると突然繋いでいた手を引かれ、今まで歩んで来た道を、後戻りしだした。

「っちょ、イグニアさんどこに…!」
「こっち?
陽の街、『ダイアゴン横丁』だよ」

長い足を使い大股でどんどん進むイグニアにつられてほぼ小走りになりながらもなんとかついて来ているナマエに、息ひとつ乱れていないイグニアがにっと笑いかける。
悪戯を思いついた子供のような顔をしたイグニアに、だんだんと力の抜けたナマエは小走りながらも笑い返し静まり返っていた路地から一変した活気ある声の方向に向かって進む。

ふいに、明るく賑やかな光景が目前に広がった。

「賑やかですね……」

ずっと静かで暗いところにいたからか、目の前に広がる喧噪が何故かとても眩しかった。
目を細めながら辺りを見渡し、隣を見上げる。ふと彼の姿を捉えるとあっと声を出しそうになった。

「イグニアさん、髪が……」
「うん?ああこれ、変えたんだよ」

魔法でちょちょっとね、と笑うイグニアの神々しい白髪は見る影もなく。
その髪は深い青、群青色へと変わっていた。 

「あのままだと良くも悪くも目立ちすぎるからね」

少し自嘲気味に、そう吐き捨てるように呟いた彼は何でもないように行こっかと喧噪に一歩踏み出す。

「なんか、イグニアさんの色をわたしだけが知ってるって優越感ありますね」

ぽつりと呟いた言葉、小さい声だったはずなのに聞こえていたようで。
くすりと笑ったような声が聞こえその顔を見上げると、口元に笑みが浮かんでいた。

「熱烈な告白なんて照れちゃうね」
「えっ」

悪戯めいた言葉に、頬が熱くなる。
こ、告白っていうかいやそんな………

「………ありがとう。嬉しい」

俯き気味だった顔を弾かれるように上げると、彼は目元をほのかに赤くさせ、ふわりと微笑んでいた。
それは作り物めいた笑みでも悪戯を思いついた時のようなものでもなくて。

綺麗、としか形容できないような笑みだった。

「じゃあこのままにしておこうか」
「わーい」

どこからともなく2人はくすくすと顔を見合わせ笑いながら、人混みを掻き分けて進んだ。

「アイスでも食べる?」
「食べたいです!」

申し出に快く頷き、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーへと進路を変える。

そもそもダイアゴン横丁にさえあまり来ないナマエにとって、フローリアン・フォーテスキューは初めての体験だった。

ちょうどテラス席が空いていたのでそこに2人揃って腰を落とす。
オーダーしに行こうかと荷物を置き、再び腰を上げようとするとイグニアがそれを制し立ち上がった。

「何のアイスがいい?サンデーもあるよ」
「えっと、」

頼んできてくれるのか。その優しさに甘えることにし、あげかけた腰を椅子に降ろす。

「ここ来たの初めてで、よくわからないんです」
「そっか、じゃあ適当に買ってくるよ」

座って待ってて、と言い残すと群青の髪を風になびかせレジの方へ向かって行った。
その後ろ姿を見送り、目線を階下の人混みに移す。

たくさんの主婦がバッグを片手に歩いている。
ある人は小さな女の子と手を繋ぎ、ある人は4・5人の同じく主婦と固まり笑い声をあげて。

「ーーーお待たせ」

たくさんの話し声の中、すぐ近くから凛とした声がかけられた。

「はいこれ」
「わ、ありがとうございます…!」

手に持つコーンのアイスを手渡し、イグニアはナマエの向かいに座った。
渡されたアイスはチョコレート色をしていて、ナッツがところどころ顔を覗かせている。

「いただきます」

ささっているスプーンで一口掬い口に含む。濃厚なチョコレートの苦味と甘味がダイレクトに舌に伝わった。ナッツの歯応えがいいアクセントになっている。

「おいしい……!!」

ケーキやタルトはしょっちゅう食べているけど、空調が効いている屋敷ではアイスなんて滅多に食べない。
久しぶりの冷たい甘さについつい頬が緩む。

パクパクとスプーンを口に運んでいると、向かいのイグニアがくすくすと笑う声が聞こえた。

「………なんですか?」
「うん?いや、美味しそうに食べるなあって」

くすくすと肩を揺らすイグニアに、思わず頬に手を当ててしてしまう。

「全然自覚ないんですけど…」
「キミはそのままでいいよ」

そう笑顔を向けられて、まあいっかとスプーンでまた掬う。

「はい、どうぞ」

アイスが乗ったスプーンをイグニアの口元まで運び、あーん、なんて言ってみる。

きょとんとしたイグニアはすぐに破顔しあーん、と言いながら口を開ける。

餌付けしてるみたいだ、なんて思いながら彼の口の中にスプーンを入れる。

「うん、美味しい」

そう言ってくれたことにホッとし、自分でもまた一口食べる。

それから十数分経ち、コーンも全て胃に収めたナマエは満足気に水を一口含んだ。

「ごちそうさまでした」
「……あ、ちょっと待って」

時間も時間だし、と荷物を手に取ろうとしたのを遮ったイグニアの伸ばした手が、軽く顎に添えられる。
え、と声を漏らした瞬間。

何か柔らかいものが口の端に触れ、視界に群青が広がった。

「………ん、ごちそうさま」
「…………!!!???」

ちゅ、とリップ音を立てすぐに離れたイグニアはぺろ、と唇を舌で舐める。
細めた瞳と覗く舌の赤さが妙に扇情的で。ナマエは自分が何をされたのかを把握した瞬間顔が一気に熱くなった。

「さ、帰ろうか」

パクパクと金魚のように口を開閉させるナマエは、腰を上げさっさと荷物を持ち手を引くイグニアさんの後ろを、ふらふらと顔を真っ赤にしながら着いて行くことで精一杯だった。

「お決まりのことをしちゃう英国紳士って、こわい………」

ナマエの悲痛な声は、きっと彼には届いていない。

****

「さて、ちょっと待ってね」

カラン、と扉を開けると付けられたベルが鳴る。手に持つ荷物をカウンターに置いたイグニアは、すぐにその奥の仕事場の方へ入っていった。

「つ、疲れた………」

一人になったナマエは、酸素を求め深呼吸を繰り返す。
顔はもう赤くはないだろうが、浅い呼吸を繰り返していたため酸素が足りない。
おぼつかない足元と思考でふらふらと歩いたナマエにとって、顔の熱さと手に伝わる鈍い温度だけ記憶に残っている。

「………………」

思わずさっきのことを思い出し、頬に手を当てる。
唇には触れていないものの、本当にギリギリというところだった。
ああ、また顔が熱くなってきた。

「ーーーお待たせ」

キィと音を立てて仕事場の扉が開き、いつの間にか髪を白に戻したイグニアさんが出てくる。
その手には黒いビロードの小さな箱が収まっていた。

「これがヴォルデモート卿に頼まれていたもの」
「あ、ありがとうございます」

手渡された箱をすぐにポシェットの中へしまう。
おそらくとても大事なものだ、慎重に扱わないと。

「今日は、ありがとうございました」

少しだけまだ羞恥心が残っていたものの、思い切って高い位置にある彼の顔を見つめお礼を口にした。
瞬きをするだけでも美麗な彼は、ゆるりと唇を緩め瞳を細める。

「こちらこそ。久しぶりに有意義な時間を過ごせたよ」
「そんな、たくさん頼ってしまって」
「いいんだよ」

キミに頼りにされるのは嬉しいからね、と美しく笑う彼につられて私も破顔する。

「それじゃあ、わたしはこれで」

名残惜しいもののもう暗くなりかけている。
屋敷では卿が待っているし、イグニアにもお邪魔だろう。

荷物を持ち暖炉の上に置いてあるフルーパウダーを一握り暖炉に放り込む。
振り返り、再度イグニアにお礼を言うと彼は思案するように口を開いた。

「……また、デートしてくれる?」
「で、」

デート………。
デート、だったのか。全くそんなことを考えていなかったナマエは固まってしまうものの、嬉しいお誘いだったので何度も首を縦に振った。

「いつでも、お願いいたします」
「ありがとう」

次が楽しみだ、と呟かれ、こちらも笑う。
きっと次に会う時もまた、わたしはどこかで迷っているのだろう。

それじゃあ、と向き直った暖炉の前でぼそりと呟く。

「卿の屋敷」

エメラルドの炎がより一層大きくなり、ナマエを包む。
へその裏側から引っ張られる感覚に身を委ねながら、瞼を閉じる。
またデート、出来るといいな。楽しかった思い出を胸に、世界が暗転した。



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