オニキスの祈り


ぐるぐると回りながら放り出されたわたしはやっぱり気分が悪かった。ついでに機嫌も。しかも暑い。

あまり使われていないのか、せっかく見繕った綺麗な服が埃まみれだ。最悪、と溢したアカリにルシウスが手を差し伸べた。遠慮なく掴まらせてもらう。
ありがとう、とお礼を言う前に手が離された。

………本当に礼儀がなってないな。

若干イラつきながらも取り繕うように笑顔を浮かべる。

さて、どうしようか。
何か身につけるものを買ってこいとは言われたものの、何を買えばいいものか見当がつかない。

うーん、と悩むアカリを無理矢理貼り付けたような笑みで見る目の前の彼。

かなりムカつく態度だけど、経緯が経緯だ、仕方ない。心の広い私は許してやろう。うんうん。

そうだ、貴族ならそういうのに詳しいんじゃないのか?

「ねえ、ルシウスさん」
「はい」
「身につけられるものって、何がいいと思う?」

はい完全な人任せ。
だってそんなこと言われてもわからないものはわからないもの!

「…………女性でしたら、アクセサリー類が良いのではないかと」
「アクセサリー」

その発想はなかった。ルシウスさん女子力高いな。

アクセサリーか、と考えながら足を動かし始める。
ルシウスさんはいきなり歩きだしたアカリに驚きながらも半歩後ろで着いてくる。

アクセサリー。アクセサリーか。
生憎わたしはそういう装飾品の類いは身につけないからよく知らない。
その上外に出たことも数少ないどころじゃないからそんな店知らない。

ルシウスさんアクセサリーのお店どっか知ってる?と聞こうとした時、とんっと何かにぶつかった。

衝撃は軽かったもののひいい筋肉痛が、と思わずしゃがみ込むと「あら、ごめんなさい」と綺麗なソプラノが聞こえた。

大丈夫ですか、と義務的なルシウスさんの声がした。大丈夫じゃないに決まってるだろこんにゃろう、とまたイラつきながら顔をあげる。

八つ当たりに近い文句でも言ってやろうとしたアカリの勢いは、ぶつかった相手の顔を見て止まってしまった。

ウェーブのかかった豊かな金髪に、垂れた紫紺の瞳。高い鼻と小さく鮮やかな赤い唇。そして口元のホクロがより一層色気を引き立たせていた。なにこの美女。
何よりも目立つのが胸。何を食べればそんなになるんだと問い詰めたくなるほどの巨乳。なるほど衝撃が思ったより軽いわけだ。

変なところに納得していると、彼女はアカリの間抜けな顔を見て目を見開いた。
……え、なにそんなブス?

「………あなた………」
「……あの、ぶつかってしまってごめんなさい。ボーッとしてたんです」

今回のは明らかにわたしが悪い。そう、『今回』は。

「いいえ、大丈夫よ。あなたにも怪我はないようだし」

ふわり、と花が咲いたような笑顔。
ウワアアア美人こわい!

「あ、の。ここら辺でどこかアクセサリー系のお店ってあるか知りませんか?」

初対面で何を聞いているんだと。いやわたしもそう思う。でも女の人なら知っているだろう、うん。この人以外頼れる人がいないのだから仕方ない。

「アクセサリーのお店?」
「はい、何でもいいので何か身につけられるものを、と」

そう付け加えると難しい顔をして黙り込んでしまった美人さん。
あれルシウスさん空気だな?

「………知ってるわ、一店だけ。」
「本当ですか?」

まさか陰気なノクターン横丁にアクセサリー店があるとは。
ダメ元で聞いて見たのだから驚きだ。怪しいところじゃないよね?ね?

「そこでいいのなら案内するけど」
「大丈夫です、是非お願いします」

しかもそこまで案内してくれるらしい。
こんな美人さんが何かを企んでいるとは思えないし、ルシウスさんもいるし。

お願いします、と口にした瞬間の美人さんの笑顔はもうわたしが男なら卒倒ものだった。(なおルシウスさんは何も喋らず空気そのものだったが)


***


「ここよ」

それから美人さんに連れて来られた場所は、かなりボロボロなお店。
アレここ見覚えありすぎるな?

「そこのはここで待ってなさい」
「は、」

そこの、と顎でしゃくられたルシウスさんはポカンと間抜けヅラを晒した。あれさっきと態度違くね?

「………私はここで待っているわけにはいきません。
アカリ様のお側にいなければ、」

おいなに人の名前教えてんだよ。
バッと振り向くも、時すでに遅し。

「もう一度言うわ、ここで待っていなさいルシウス・マルフォイ。
これは命令であんたの意思なんて関係ないのよ」

ピシャリと言い捨てた美人さん。
……ルシウスさんのこと知ってんの?いやマルフォイ家の嫡男なんだ大体の人なら知っているのか………?

見事に固まっている本人を横目に振り返りアカリに微笑みかける。

「さ、行きましょうか」

さっきと同一人物?と口に出してしまいそうになるくらい、完璧で綺麗な笑みだった。


カラン、とドアベルを鳴らしつつ扉を開ける。ルシウスさんごめんね空気と化しててください。

ここは、『メンシス・ラクリマルム』。
……そう、あのイルバート・イグニアさんが店主をやっているお店だ。そういえば宝石加工店をやっているんだっけ。

まさかまたここに来るなんて、と思いながらも美人さんの後に続く。
うーん涼しい。

「ちょっとイグニアー、いるんでしょさっさと出て来なさい」

そう大きな声で口にした彼女はイグニアさんと親しいようで。

七つの大罪と親しいって一体、と不審に思うも束の間、奥の部屋に続くドアが開かれ、イグニアさんが姿を現した。

「……なんだクローディアか。キミがここに来るなんて、明日は大雪かな」

言葉に混ぜられた皮肉の色。笑顔なのに不機嫌そうな彼はゆっくりと視線を移動しアカリに目を留めた。

「あれ、アカリちゃん。久しぶりだね」
「あらなによ知り合いだったの?」

さっきまでの不機嫌さはいずこへ、と問いたくなるほどの柔らかい微笑みを浮かべた彼。

……ハッ、この二人絵に描いたような美男美女…………!!

神々しいまでの美貌に慄いているアカリに彼は が微笑みかける。

「この間、ちょっとね。お使い中に迷子になっていたのを助けたんだよ」
「お使い?………ああ、闇の帝王様ね」

美人さんがふん、と忌々しげに鼻を鳴らした。


………いやいやちょっと待て。

「きょ、卿のこと知っているんですか?」
「なんだ、まだ教えてなかったの?」
「あんたと一緒に自己紹介しようと思ったのよ、邪魔な虫もいたし」

虫、というのは十中八九ルシウスさんのことだろう。ついに虫扱いか可哀想に………

「虫。……ああ、外の彼か。」

チラ、と窓の外に目線を移すもすぐにこちらを向いた。

「で、さっさと自己紹介でもしたらどう?」

そう言いながら面倒くさそうに美人さんを見ると、彼女もじとりと彼を睨んだ。

「まあ、そうね。
こんにちは、……初めましてって言うべきなのかしら。
あたしはクローディア・カエレス。七つの大罪の1人、色欲を司る。普段は占い師みたいなことをやってるの。これでも結構当たるのよ?」

パチン、と綺麗に美人さんーーカエレスさんは、ウインクを決めた。

七つの大罪の1人。

またか。ひくりと顔が引きつる。

「まあ私のことは置いておいて、アカリのことよ。
あんたに用があるって」

は、そうだった。
色々規格外のことがありすぎて本題を忘れていた。

「あの、何か常に身につけられるようなアクセサリーって何がいいと思いますか?」
「………ヴォルデモート卿に贈り物でもするつもりかな?やめた方がいいと思うけれど」

彼がしかめっ面のまま言い放った言葉は、アカリに対してかなりの攻撃力を含んだ爆弾のようだった。

「いやいやいやそんなわけないじゃないですか馬鹿なんですか」

動揺を隠しきれず、反射的に思わず毒を吐いてしまった。

恐る恐る彼を見ると、ふうん、と呟き奥に引っ込んでしまった。
……………や、やってしまった。


どうしよう、と頭を抱えていると隣のカエレスさんは我関せず、といった様子で飾ってある宝石やアクセサリーを眺めていた。
いや自由だな!?


もうツッコミ入れてしまおうか、と思った時に部屋へと続くドアが開いた。

振り向くと、彼はたくさんの石を腕に抱えていた。

え、多いな。

驚きで固まるアカリを他所に、カウンターに持っていた石をぶちまける。ああ、石が落ちてしまった。

床に散らばった宝石を一つ一つ拾い、カウンターに戻す。
ありがとう、と礼を言った彼は一体何を考えているのだろうか。

「さあ、選んで」

いや何を。

この短時間で何回心の中でツッコミを入れたことだろうか。
既にアカリは微かな疲労感を覚え始めていた。


「この宝石の中から好きなの選んで。それを加工するから」

ああ、そういうことか。なるほど好みなのを見つけろと。

「うーん……」

山盛りになった宝石達を掴んでは眺め、掴んでは眺め。
ずっとその作業を繰り返していると、一つの石に目が留まった。


「これ、」


それは真っ黒な石で。
私の髪色のような、杖のような、ーーー卿のような。


吸い寄せられるようにジッと見ていたアカリから、彼が石を取り上げた。

「あっ」
「待っててね」

それだけ言ってパタン、とドアを閉めた。

向こうからは何も聞こえて来ない。………加工しているんだろうか。

聞き耳を立てているアカリに、カエレスがちょいちょいと手でこまねいた。

なんだなんだ、と近づくと思いっきり抱きしめられた。

なんとカエレスさんの巨乳に顔を埋める形で抱きしめられているのだ。息が詰まるかなり苦しい。意識が飛びかけている。

半分昇天しかけていると、ドアが開いた。


「………何をしてるの?」

不審げに問われるが、わたしも聞きたいぐらいだ。


「んー、ふふ、アカリってやっぱり可愛いわね」

楽しそうに拘束を解かれ、ぷはぁっと酸素を吸収している矢先にこの爆弾発言。

「は?いや何言ってるんですか喧嘩売ってます?」

意識が朦朧のしていたのかまたもや暴言が飛び出る。
いやしかしあんな美人に言われても馬鹿にされてるとしか………

「やだ違うわよ、純粋に可愛いなって。最初に会った時にも思ったけどね」

最初に会った時、というのはあれか。わたしの顔を凝視していた時か。

美人に可愛いと言われて悪い気はしない。

ありがとうございます?、とよくわからない礼を言うと、彼は面倒くさそうに手に持っていたものをカウンターに置いた。

そういえば、何を作っていたのか聞いていなかったな。

そう思いながらカウンターの近くまで歩む。

クッションの上には布で包まれたナニカ。

開いてみて、と促されゆっくりと布を開く。

ドキドキしながら姿を現したのは、

見事な銀細工が施され、台座には漆黒に輝く宝石が置かれた指輪だった。

「綺麗……………」

ほう、と思わず出た言葉に満足そうに笑んだ彼ははささっと布で再び指輪を包むと私に手渡した。

「石も銀も本物で加工したばっかりだから色んな『気』を吸いやすい。その布で包んでいれば大丈夫だけどね、悪い気を吸ったら大変だから出さないように」

なるほど。納得しながらポシェットに指輪を入れる。
入れ替わりにお金の入った袋を出す。

「ああ、お金はいらないから」
「は!?いやいやそんなわけにも」

こんな高そうなものだ、タダというわけにはいかないだろう。

「そもそもそれ作ったのボクだし、決定権はボクにあると思わない?」

う、と言葉に詰まる。
でも、と今だ袋から手を離さないアカリを見てイグニアはため息をついた。

「いいから、ボクからの個人的な贈り物だと思って」
「は!?」

思わぬ言葉に少し赤くなる。
こちとら異性とは無関係を貫き生きてきたんだ悪いか!!

「まあ、そうね。男からの好意は立てるものよ」

好意、と面白そうに繰り返すイグニアさんによって更に羞恥心を煽られる。

「あ、あの、この石なんて名前ですか?」
「それ?オニキス。石言葉は成功の象徴、忍耐力を強める、意思の強化。有名なのはそんなところかな」

話を変えるため思いついたことをそのまま口に出す。
淡々と答えるイグニアさんがあまり面白くないけど、流石に宝石加工店を営んでいるだけある詳しい………
わたしも帰ったら調べてみよ。

「イグニアさん、カエレスさん。お世話になりました、わたしそろそろ」

かなりの時間が経ったし、外にルシウスさんを待たせたままだ。可哀想に。

「うん、またね」
「今度私の店にいらっしゃい。安くするわよ」

ひら、と手を振られウインクされ。

それぞれの別れの挨拶に少しお辞儀をして、踵を返す。

ルシウスさん、怒ってるかな。

カラン、とドアベルをならしながら、外に向かって一歩踏み出した。


***


【Side:Charles・C】


「ねえ」

彼女の姿が完全に見えなくなった頃、紫紺の瞳の女がアルビノの男に話しかける。


「彼女、相変わらずね」
「……そうだね」

かなり面倒くさそうに返事をされた。
その様子に若干イラつく。
あの子にはそんな顔しないのにね。

「それにしてもオニキス、ねえ」

ニヤニヤと含み笑いしながらカウンターに頬杖をつき、鮮やかな赤い瞳を覗く。
………こいつ男のくせに睫毛長いわねムカつく、


「………何が言いたい」 

不愉快そうに顔を顰めるイグニア。ふふふ、私はとっても愉快だわ!

「石言葉は『成功の象徴』、『意思の強化』『周りに流されない』、『忍耐力を強める』」

そして、もう一つ。

「『誘惑や邪念、闇を祓う』」

意地悪く笑うと彼はふん、と鼻を鳴らした。
ほーんと、笑っちゃうわねえ。

「『闇』って、十中八九『彼』のことでしょう?」
「…………さあ、どうかな」

あら、はぐらかすつもり?
でもまあ、いいわ。深くまで追求したいわけでもないし、そうする気持ちもわかる。


「…………彼女も、厄介なのに捕まっちゃったわね」

可哀想に、と呟くと、それに対してかそれとも誰かに対してか、嘲笑を零すアルビノ。

「何を今更。そんなの、ボク達も同じようなものだろう」
「……ま、それもそうね」

結局は同じ穴の狢。

それに。
この状況は私達が無理矢理作ったわけではない。

彼女が、選択した結果だ。彼女に決定権が与えられ、そうして選んだものだ。

揃いも揃って独占欲や支配欲が強い。それを知っても彼女は逃げなかった。それはお人好しなのか、それとも。


「……私もあんたも、あの子も、みーんな大概歪んでるわねえ」


それこそ今更か。
くすりと嗤いを零し、闇に染まりかけた彼女と同じように扉をくぐり外に出て行った。




****




「ーーールシウスさん」

外に出るともうすでに夕方だった。いや夏だからこんなに明るくても夜なのかもしれない。

「ごめんなさい、お待たせしました」
「………いえ、お気になさらず」

やんわりと微笑まれる。うわあ嘘くさい。

この人、演技は完璧なのになあ。
何か足りない。ちゃんと笑っていても、心の奥の声が滲み出てくる。

それほどわたしにこういう態度で接するのが嫌ってか。

仕方ない、わたしもそろそろ限界だから動きますかね。


「ねえ、ルシウスさん」

前を歩き出した彼の手をとり引き止める。
ひくりと肩が跳ねた。
……そんなに触られるのが嫌か。


「もう、やめません?」


にこり、とルシウスさんに負けず劣らずな笑顔を浮かべる。もちろん手を強く引いて振り向かせるのを忘れずに。

「………それは、どういう意味でしょう」

あくまでもシラを切るつもりか、いつもより幾分引きつっている笑顔を浮かべている。

「どういう意味って、それ。」

失礼だとは承知の上で、彼の顔を指差した。

「そんな仮面、着けてたら重くて疲れちゃいません?」

その瞬間、彼が浮かべていた笑みが消えた。一切何もない、無表情。

「………私に下手に出るのをやめろと?」
「やだなあそんなことは言っていませんよ。ただ本音で語り合いませんかってことです」

あくまでもこちらが上の立場だ。
それを伝えると彼は眉間にグッと皺を寄せる。

「それでは、貴女を敬いながらも本音を言え、と。無茶なことを」

ふ、と隠さず出されたのは嘲りの色。

……やっと本性見せてきたな


「ていうかね、うん。わたしその胡散臭い笑顔と猫撫で声が嫌いなんだよ」

こっちもニコニコしてるだけじゃつまらない。かなり本性を見せてびしりと指差す。良い子は人に指差したりしちゃダメですよ!

「だから、それやめてもらって本音で話せたらなあって。わたし、君のこと好きだし」
「………………」

絶句。その一言で全てが表せられるようなルシウスさん。

「…………な、にを馬鹿なことを。
そんなこと言って、いざ私が話し始めた途端我が君に報告でもするのでは?」
「いやそんなことしないよ、そんなんするなら最初っから世話係になんてしない」
「いいえ、それは嘘だ。貴女のような方をこの私が世話をする、という屈辱を味合わせたかったのでしょう?」

違いますか、と強気に言う。
そもそもこれは本音の類いには入らないのか?彼にとっては入らないようだ。

でも彼の言ってることは当たってる。あの時の言葉にイラついて、屈辱を味わえばいいと思ったのもある。

「まあ、それに関しては確かにそういう感情もあったかな。でも本の2割程度だよ」

いや4割くらいいってたかもしれないけど。

「でも、あとの8割は純粋に君と話したかったから。見ての通りわたしは籠の鳥状態だし、魔法界のことなんて卿からの偏った知識でしか知らない。それに君はわたしと年近そうだったしね。卿以外の人間を、わたしら知らないから」

話し相手が欲しかった。それもなるべく対等な。

彼がお世話係である以上身分的には対等ではない。しかし彼が本性を現した状態ならば対等なのではないか、と。友達なんて言わない。話し相手が欲しい。

「ダメ、かなあ」

少し困ったように眉を下げ苦笑する。

すると、見開かれた薄いグレーが微かに揺れた気がした。


お互い無言の時間が続いた。
このままここにいても無駄なだけかな、帰ろうか、とルシウスさんの手を少し引き、離す。

アカリに促されたような彼の足取りはとても重いものだった。



***



フルーパウダーを使い2人で屋敷に帰る。

廊下を歩いている時でさえ無言。
居心地の悪さが酷い。

「えーと、ここまでで大丈夫なんで」
「………………」

何も言わずにお辞儀し踵を返す彼に声をかける。

「さっきの話、わたしは本気だから」

「君が嫌なら別にいい。世話係を下りてもらっても構わない」

また来てね、と言いたいことだけ言い、さっさと部屋に入る。


「−−−−」


扉を締め切る瞬間、彼が、何かを呟いた気がした。



*****



「あー…………つかれた」

バフン、とベッドに倒れ込む。太陽のようないい匂いがする。気持ちいい。

本当に疲れた。予想外の出会いに、彼との攻防戦。

言いたいことは全部言ったつもりだ。後は彼の選択によって決まる。


とりあえず、と部屋着に着替えポシェットの中身を出す。

杖と、中身が全く変わっていない袋。そして指輪の包まれた布。

指輪を取り出してみる。屋敷の中なら大丈夫だよね?

光に反射して輝く、黒。オニキスと言ったか。

細かい装飾がされているこの指輪は一からあの人が作ったのか。だとしたら相当の腕だ。

「…………しまった『失った時間』のことを聞くの忘れていた」

規格外のことが起こりすぎたせいだ、とボーッと指輪を眺めていると、ノックの音がした。

「はーい」
「帰って来たか」

姿を現した卿はアカリを見ると顔をしかめた。
え、なんだ?

「……なんですか?」

怪訝そうに尋ねると、いや、とはぐらかされた。えええ気になるんですけど、

「それより買ってきたものを見せろ」
「あ、はい」

この話は終わりだとでも言うようにソファに座る卿に指輪を渡す。

「………この指輪、あの男のところで買ったものか?」
「よくわかりましたね、その通りですよ」

イグニアさんの魔力を感じるらしい。カエレスさんのことも話すと、あからさまに顔をしかめた。

「………あの年増にも会ったのか」
「年増って」

あんな美人さんに失礼だな、と反論しよとしたが、ちょっと待て。
あの人たち七つの大罪って990年にはもう既に生きてて、まだ生きてるの?
………今いくつだあの人たち。


「とりあえず、印をつけるぞ」

ローブの中から杖を出した卿は、テーブルの上に指輪を置く。

指を出せ、と言われ右手を出す。
卿の杖先が人差し指の腹をなぞると、血が溢れ出てきた。

「そのまま指輪に血を落とせ」

言われた通りに指輪のオニキスに血を垂らす。
その上から卿も血を垂らしオニキスは2人分の血にまみれた。

そのままの状態で、卿は何かぶつぶと呟く。………呪文の詠唱だろうか

卿の詠唱に反応し、血がオニキスに吸収されていく。一滴も残らず吸い取り、詠唱が終わるとオニキスの中が緋く煌めいた。

「もういいぞ」

その言葉で張り詰めていた息を吐き、脱力する。
………き、緊張した

「この指輪はお前の印となった。
それがある限りこの屋敷の外にも出れるが、お前の居場所はすぐわかるようになっている。逃げるなよ」

なんて用意周到な。
苦笑すると指輪を渡される。

うーん、これどうしよう。
指にはめてると落ちちゃいそうだしなあ…………

あ、チェーン付けてネックレスみたいにすればいいのか。

そうは決まれば、と立ち上がりドレッサーに置いてあるジュエリーボックスからペンダントを取る。トップを抜き取り残ったチェーンに指輪を通した。

「ん、しょ、んー………?」

首の後ろでチェーンをつけようとするも、できない。あれわたしこんなに不器用だっけ!?

悪戦苦闘していると、仕方ないとでも言うかのようにため息を吐いた卿がアカリの後ろに周る。

「貸してみろ」

チェーンを受け取った卿はアカリのうなじにかかる髪をどかし、器用につけた。

ありがとうございます、と礼を言うと鏡の中の指輪を見る。長さも胸元でちょうどいい。指輪の大きさも、ネックレスにしても変には思えないくらいだし。

満足気にオニキスを覗くと、中でゆらりと煙のように緋色が揺らめいた、気がした。


「私はもう行く。しばらくここには来れんが、印をつけたからもう屋敷内を自由に動いていてもいい」

それだけ言うとさっさと卿は出て行ってしまった。
世界を揺るがす闇の帝王様なんだから忙しいんだろう。

それにしても、屋敷内を自由に歩いてもいいとの許可が出た。

ここに来てかなりの日数が立ったのに屋敷内でこの部屋以外をまるで知らない。
今すぐにでも探索したいところだが、既に眠気がやって来ていた。

いいやもう寝てしまおう、とベッドに倒れ込んだ。



*****



次の日、朝ご飯もそこそこに屋敷の探索に出てみた。
ここの部屋は二階の一番奥にあったらしく、誰も近寄ってこなさそうだ。ちなみにこの屋敷は二階建てである。

フカフカとした絨毯が敷き詰められている廊下を歩く。廊下の長さ半端ない。

窓を覗いてみると、下に庭のようなものがあるようだった。

外に出てみようか、と螺旋階段を降り正面玄関に出る。

大きな扉を開き、裏に周る。
日差しが眩しい。帽子でも被ってくればよかった。

裏の庭に着いた瞬間、唖然とした。
そこにはかつて立派な薔薇園となっていただろうに、全て廃れてしまっていた。

せっかく広いのに、宝の持ち腐れだと杖を構える。

それにしてもまさか、土いじりをすることになるとは思わなかったな………

枯れた薔薇を全て魔法で消し去る。
歪んでいる柵やアーチを綺麗に戻し、錆も拭い去る。

そこまでした後、急いで屋敷まで戻り、「しもべ妖精さんいますか!」と声を張り上げる。

一拍おいてポン、という音がしたと思えばタオルのような布切れを身体に巻きつけた小さな身体を縮こませ、妖精が現れた。

………そういえば、しもべ妖精初めて見た。

その姿に一瞬声が出なかったが、「何か御用でございましょうか」とのか細い声にハッとする。

「突然ごめんなさい、何か園芸に使う肥料や栄養成分ってありますか?」

しゃがみ込み目線を小さな彼(彼女?声が高くてわからない)に合わせる。

驚愕したようにただでさえ大きな瞳を見開いた彼は、そのまま姿を消してしまった。

…………え、逃げられた?

少しショックを受けそのままでいると、ポンっと目の前に妖精さんがまた現れた。

「こちらにご用意致しました、お嬢様」


丁寧にお辞儀をした彼の隣に少し大きい麻袋が置かれていた。

「ありがとう、助かりました!
あとわたしアカリって言います。よろしくお願いします」

小さくお辞儀をし、麻袋を受け取る。ズシリと重いそれを肩に担ぎそのまま庭に向かった。




「よ、し。土はこれでいいかな」

麻袋の中には肥料や栄養瓶(マンドラゴラもびっくり!スクスク栄養瓶と書いてあった)、スコップに植物の種まで入っていた。用意周到だなあ、と感心しながら種を取り出してみる。

袋に分けられた種はたくさん種類があった。
向日葵、薔薇、ガーベラ、コスモス、桜、百合…………

コスモスって秋の花だし、桜って木のやつなんじゃ、と思ったがここは魔法界だ。深く考えてはいけない。

それにしても本当にたくさん種類がある。

薔薇園みたいなのも作りたいし、花壇みたいに色々な花を植えてもいい。

ううん、と頭を捻る。
薔薇園は作ろう。元々ここは薔薇園なのだし。
他の花は勿体無いから、花壇も新しく作ろう。レンガとかで囲えばいい。

よし、と薔薇の種をそこら中にばら撒く。種が落ちたところに土をかけて回り、一気に魔法をかける。

すると土の中から蔓が出てきたと思ったら柵やアーチに巻きつき、見事な花を咲かせた。

薔薇の芳しい香りが充満する。先ほどまでのような廃れた雰囲気は消え去り、豪華絢爛な薔薇園が出来上がった。

残るは花壇だが、それを作るには囲いが必要だ。通常ならレンガなんかで囲うものだがそんなものは持っていない。
大きな石も見当たらない。

さてどうしようかと悩んだ時、目の前が深い森であることに気づいた。

森の中なら大きな石もあるよね、とあまり深く考えずアカリは鼻歌を歌いながらずんずん進んで行った。


「石ーはどこかなー」

どこにも良さそうな石は無い。
どうしよう、と辺りを見回してみると、薄暗い森の中で白く輝いているものがあった。

なんだ、と近づいてみると木の根元に生えているキノコだった。
それはキラキラと胞子を飛ばし、月白に輝いていた。

きれい、と手を伸ばす。もう少しで触れる、というところで手首に何かが巻きついた。

「え、わっ」

そのまま後ろに引っ張られ、尻もちをついてしまった。

「いった………え、なに」

今だに何かが巻きついている手首を恐る恐る見ると、そこには大きな蛇の尻尾が巻きついていた。

「…………っぎゃむぐぅ!?」

突然のことに思わず悲鳴をあげそうになった。
しかしその瞬間蛇の本体(?)が顔に巻きつき、口を塞がれてしまった。

なになになになになんなの食べられるの!!??

軽くパニックに陥り涙目のアカリを見下ろす蛇の頭。

『ーーーあなたが、アカリ様ですね』
「!?」

蛇が、喋った。



*****



「………なるほど」

それから、蛇に身体を離してもらい、少し話した。

彼女(雌らしい)は、ナギニちゃんと言って卿の飼い蛇だそうだ。
………お気づきだろうか。
そう、あのナギニだ。

普段日が出ている間は外にいて、日が沈むと屋敷をウロついているらしい。
なるほど会わないわけだ。

一番の問題は、何故ナギニが人間の言葉を話しているのかということで。


『いいえ、わたしは人間の言葉は喋っておりませんよ』
「え、でも今」
『わたしは普通に喋ってます。アカリ様方の言う、『蛇語』というものですね』

蛇語。へびご。
それがわかるってことは、わたしは、まさか、


「ぱ、パーセルマウス………!?」

マジかよ。蛇と接触したことがないから知らなかったけど、まさか自分がパーセルマウスだなんて………

『いえ、アカリ様のはパーセルマウスとは少し違いますね』
「え?」
『通常パーセルマウスは蛇を前にするとパーセルタングを発するものですが、アカリ様は人間の言語を喋っています。
なのでアカリ様はパーセルタングを理解できるだけなのです』

なるほど。自分じゃよくわからないけど、わたしはパーセルタングを喋っているわけではないらしい。

でもこうして会話できてるのは何故だ?

『わたしたちは人間の言語くらいは理解できますので』 
「へええ」

得意気に尻尾をユラユラ揺らしているナギニちゃん。
蛇って頭いいんだな…………

元々動物好きだから別に蛇嫌いじゃないし。
ひんやりとした頭を撫でてやる。
あー冷たくて気持ちいい………

『……それはそうとアカリ様はどうしてここに?森は深いので危ないですよ』
「あーうん、ちょっと石を探してて」

こんくらいの、と手で大きさを伝えてみる。

それでしたら、とナギニちゃんは森の奥まで行ってしまった。
それにしてもデカいな……

その場で待っていると、しばらくして何かを咥えたナギニちゃんが帰ってきた。

『これくらいでしょうか』
「!そう!これ!」

理想の大きさ・形の石がドサドサと置かれる。
尻尾にも巻きつけていたらしい。

お礼を言って石を拾い上げると何個か持ってくれた。
なんだこの生き物可愛いな、


先ほどの庭の花壇を作るスペースに丸く石を並べる。
その囲いの中に種を蒔いて、呪文をかける。
すると、色とりどりの花が咲き、とても華やかになった。

「よっし完成!かな!」

満足気に辺りを見回す。
いやはやあんなに廃れてたのにこんなに綺麗になったよ嬉しいね!

疲れたし暑いし帰ろうかな、と軽くなった麻袋を手に持つ。
そのままナギニちゃんも着いてくるらしい。

「お昼ごはん食べてー、また探索の続きかなー」

ナギニちゃんとも仲良くなれたし、探索した甲斐があった!


****


お昼を食べ、また探索を開始した。
ちなみにナギニちゃんはいつの間にかどこかへ行ってしまった。きっとお昼寝でもしているんだろう。
この屋敷には、部屋がありすぎる。
しかも大体が客室だからあまり面白くなかった。
客室以外だと、食堂、書斎、卿の部屋(本人はいなかった)厨房、私の部屋くらい。

食堂はかなり広くて、ドラマとかで出てくるような長いテーブルの上に白いテーブルクロス、蝋燭、花などが飾ってあった。

書斎は本当に本の量が半端なかった。図書館なんて比じゃない。世界中の本を集めて来たんじゃないかってくらいの量だった。チラリと見た本の背表紙には『闇の極意』とか『サルでもわかる拷問方法』だとか書いてあったから速攻部屋を出た。

卿の部屋は、一言で言えばシンプル。あまり物が置いてなかった。
仕事机にソファ、ローテーブルと本棚くらいだ。奥に扉があったから寝室かもしれない。………あの人寝るんだ。
ちょっと覗いてみたかったけど、バレたら後が怖そうだということでやめた。

厨房は、なんというか凄かった。
ここでちょっと長めの回想を許してほしい。


食堂よりもの隅にある小さな扉の奥、食堂よりも広い部屋に屋敷しもべ妖精が大勢仕事をしていた。ここが厨房だった。
アカリの姿を確認した瞬間、全員が厨房の隅にバッと散り怯えた目でこちらも見ていた。想定外のことが起こりすぎてポカン、としていたら、あの肥料とかを用意してくれたしもべ妖精が私の前に姿を現した。

「お嬢様、なにか御用がおありでしょうか」
「え、いやそういうわけじゃなくてちょっと探検してただけというか」

隅で固まっているしもべ妖精が気になりすぎてチラチラと見ていたら、かしこまったようにお辞儀をされた。

「申し訳ございませんお嬢様、ここのしもべ達はご主人様のことを恐れているのです。怒鳴られたり呪文をかけられたりしますので」

悲痛の面持ちで語るしもべ妖精。
ご主人様って卿?
卿が怒って呪文をかけまくる姿が容易に想像できる。ウワア………

「………わたしら別にそんなことしませんし、卿に何か言ったりもしませんよ。
何か紅茶とお菓子ってもらえますか?」

怖がられたまんまなんて嫌だし、わたしを卿みたいに怒る人だと思っているのだろう。卿と一緒にされたくない(失礼)。

テーブルとイスを魔法で出し、そこに座る。おやつの時間だ。

最初はポカンとしていたしもべ妖精は、それが仕事だと気づくと慌ただしく準備を始めた。

……夕食の準備とかしていただろうに、邪魔しちゃったかな。あ、いい匂いする。

甘い匂いが漂い、なんだろうと鼻をひくつかせるとしもべ妖精達が食器を運んで来てくれた。
お皿の上には、ジャムやラングドシャなど色々なクッキーが綺麗に並べられていた。

おお、と目を輝かせ一枚口に入れてみる。

…なんだこれめっちゃ美味しい!!

ひょいひょいと口に入れ咀嚼する。
するとしもべ妖精がテーブルに芳ばしい香りを漂わせた紅茶を置いてくれた。

一口飲んでみると、スッキリとした口当たりでイチゴのような後味。
ううん美味しい………!!

夢中でクッキーや紅茶を口にし、すぐに食べ終えてしまった。


「ものすごく美味しかったです、ありがとう!」

機嫌がよくなりニコニコとしながらお礼を言ってみる。
するといつの間にか隅の方から私を囲むようにして伺っていたしもべ妖精達が耳をパタパタさせたりテニスボールほどの大きさもある目を輝かせきゃいきゃいと騒ぎ出した。

「お嬢様のお口に合いましたようなら幸いでございます」

あのしもべ妖精が代表のような形で恭しくお辞儀してくれた。
それを見た周りの妖精達も口々にお礼を言ったりお辞儀をしたりお皿を片付けたり。

うん、嫌われてはないみたいだからよかった。

そろそろ行こうかな、と立ち上がりテーブルとイスを消す。
あのしもべ妖精が厨房の出口まで着いて来てくれた。

「ありがとう、麻袋もお茶も」
「いえ、お嬢様のためでしたら」

少し嬉しそうに目を細めた妖精さん。
んんん可愛い!

それにしても、この妖精さんは少し大人しい。他の妖精のようにキーキー高い声ではなく落ち着いている声だし、あからさまに変な敬語を使っているわけではない。
ここのリーダーなのかな、と考えながらも食堂を後にした。


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