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短気で負けず嫌いな熱血漢。

敵の襲来に備えて常に鍛錬を怠らない、忍術学園一ギンギンに忍者している男。

戦う会計委員会地獄の会計委員長。



それが彼、忍術学園六年い組会計委員会委員長、潮江文次郎に対する生徒及び教師の認識である。



そんな潮江君に私は告白した。「貴方をお慕いしています」、と。

心臓はバクバクと音を立ててうるさいし、顔は真っ赤になっているのが自分でも分かって恥ずかしいしで、私はずっと顔を伏せていた。

実際にはそんなに長い時間ではなかっただろうが、私が告白してから彼が言葉を発するまでとてつもなく長い沈黙があったような気がした。

自分と潮江君の足袋を見つめたまま動かない私の頭に潮江君の大きな手が置かれて、私はびっくりして彼を見上げた。するとそこには、眉間にしわを寄せて明後日の方向を向いている潮江君がいた。けれど、彼の耳はほんのりと朱が差していた。そして普段の彼からは想像もつかないような小さな声で呟いた。「俺もだ」、と。










それがひと月ほど前の出来事である。



所謂恋仲となった私たちだが特別変わったところはない。忍たまとくのたまの違いはあれど、潮江君も私も六年生で会計委員会。勉学に鍛錬に委員会活動にとお互いに忙しい身である。恋仲らしいことはできなくても、食堂や廊下で会った時にはたわいない話をするし、お互いの修行に付き合ったりもする。それにここは忍術学園。忍者を育成するための学校である。恋に現を抜かすようでは忍者失格だ。多少寂しいと思うことはあってもこのくらいの距離感が丁度良い、と思っていた。





草木も眠る丑三つ時、会計委員会室に灯る明かりが闇夜にぼんやりと浮かんでいる。



「潮江君、こんな時間まで帳簿の計算?」

「なまえか…。くノ一の帳簿は特に不備はなかったぞ。何か用か」

「うん、仙蔵君に潮江君は今日も徹夜だって聞いたから…。私も手伝おうと思って」

「構わん。くノ一長屋に戻れ」

「…じゃあせめて、生姜湯、飲んで。伊作君に聞いたんだけど、生姜には血行を良くして体を温める効果があるから」

「ああ、そこに置いておいてくれ」

「…うん」

「…」

「…」

「…じゃあ、私は部屋に戻るね。潮江君、あんまり無理しないでね」

「ああ」



というのが昨晩の会話である。





「ねぇ、おかしいと思わない?!仙蔵君!!」

「…文次郎はもともと口数が多いというわけではないだろう。何かおかしいところがあったか?」



朝日が昇り今日の授業が終わって私はまっすぐに忍たま長屋に向かった。戸口にかけられた名札に「潮江文次郎」「立花仙蔵」の名前を確認してスパンっと戸を開けて私は昨夜の会話を正確に説明した。潮江君と同室の仙蔵君は冷静沈着で慎重、人の感情の機微に聡い。そんな彼ならここ最近潮江君の様子が何故おかしいのか、知っているのでは思った次第である。自分たちの性格上、そして忍者を育成するこの学園の性質上、私たちの仲は公にはなっていないし、するつもりもない。それでも、六年生の面々にはばれてるわけだが。恋仲であることどころかお互いがお互いに意識していたことも知っていたというのだから驚きである。本人たちより周りの方がその心情を知っているとはどういうことだろう。とにかく、そんな私たちだから相談できる相手は限られている。そして、この手の相談は仙蔵君が一番の適任者だ。



「声をかけてもろくに話もしないうちにどっか行っちゃうし、修行にも誘ってくれないし、今までとは明らかに態度が違うもの!」

「…会計委員会の仕事が溜まっているのではないか?予算会議が終わったばかりで各委員会の見積書に目を通さなければならないのだろう」

「だったら私にも手伝うように言うでしょ?!私も会計委員なんだよ!!それなのに構わないって…」

「ふむ…」

「それに…」

「それに、なんだ?」



「最近私と目を合わせてくれない」



私の呟きに綺麗な姿勢で文机に向かって兵法に関する書を読んでいた仙蔵君が綺麗な姿勢のまま振り向いた。片方の眉を上げて顎に手を遣る。思案するような表情だ。

昨晩も結局机の上の帳簿から顔を上げることなく、算盤をはじく手を止めることなく、一度も私の方を見なかった。



「私、潮江君に嫌われちゃったのかなー…」

「それだ、なまえ」

「えっうそ?!本当にそう思う!?」

「いや、そうではない。お前、私のことはなんと呼んでいる?」

「?仙蔵君?」

「伊作のことは?」

「伊作君」

「長次のことは」

「長次君」

「小平太は」

「小平太君」

「留三郎は」

「留」

「…何故留三郎だけ愛称なのかということはさておき、文次郎は自分だけが名字で呼ばれていることを気にしているのだろう」

「そう、なのかな…」



今まで気にしたことがなかったけれど、そういえば何でだろう。

同級生の食満留三郎のことを「留」と呼ぶのは、彼と私は同郷で幼いころからそう呼んでいたからだ。けれど、彼を除いた他の六年生はこの学園で知り合った。何故潮江君だけは「潮江君」なのか…。





留は同郷の友人であると同時に私にとっても好敵手だった。幼いころから組み手やかけっこをして競いあっていたけれど、忍術学園に入学してからも毎日の留との鍛錬は私の日課だった。その日課にいつの間にか潮江君が加わるようになった。いや、加わるようになった、というのは少し違うかもしれない。

留は私と修行するより潮江君と喧嘩していることの方が増えたのだ。

一年の中でも武闘派だった彼らは何かと張り合うようになって、しょっちゅう怪我をしていた。そして、いつしか怪我をした二人を手当てすることが私の習慣になっていた。

くノ一の私と修行するより同じ忍たまの潮江君と鍛錬する方が張り合いがあるのだろうとは思ったけれど、力で離されることがその頃の私には悔しかった。それに、くノ一と言ってももちろん体術は必要だ。むしろ力で劣るからこそ人体の仕組みを知りどんな攻撃が効果的かを判断して瞬時に繰り出さなければならない。

そしてその頃、留のことを好敵手だと思っていた私は実力差が開き始めた留に素直に教えを乞うのは癪だった。

それから私の修行の相手は潮江君になった。

潮江君とよく話すようになって、彼は自分にも他人にも厳しい人間だと知った。生真面目で努力家。私は留に勝ちたいと思うより、誰よりも頑張り屋な彼に少しでも近づきたいと思うようになった。

学年が上がって後輩ができて、彼は少々不器用な面があるものの面倒見が良いということに気が付いた。そして以外にも子供が好きだという一面があることを発見した。



同じくらいの身の丈だった少年はいつの間にか精悍な青年になっていた。



「…私、ずっと前から潮江君のこと好きだった、かも」

「ほう…"ずっと前"とは?」

「多分一年生の時から……いや、知り合ったころから、かな」





顔つきも体つきも子供のころとは変わったけれど、武骨で勤勉で責任感が強いのはずっと変わらない。

そんな彼の背中を見て、私は彼に追いつきたい、支えたい、隣に立ちたいと思うようになって、それで―――…。





「…気が付いたら、潮江君のこと、好き、に………っ」



そこまで言って、綺麗な顔で楽しそうに微笑む仙蔵君に気が付いた。

自分の言葉でかあっと顔に熱が集まる。思わず顔を覆うとぽんっと仙蔵君が私の頭の上に手を置いた。くつくつと喉で笑いながら頭のてっぺんに置いていた手がするりと私の髪を撫でる。

「お前のこのような表情ははじめて見るな。いや、良いものを見た」

「うぅっ…からかわないでよ…」

膝を抱えて仙蔵君を睨む。潮江君のことを好きだと自覚したのは五年の時だ。五年間気づかないって恋心ってどうなの。




「要するになまえが文次郎を名前で呼ばないのは、照れくさいからだろう?」

「…」

「無自覚だったとはいえ、出会った時から恋に落ちていたのだからな」

「…」

「恋い慕う相手には些細なことでも気を使うものだ」

「…」

「お前がそれほど一途な女だとは知らなかったな」

「…っもぉ、からかわないでってばぁ!」



仙蔵君にからかわれて私は目に涙をためて彼をキッと睨む。しかし彼は「そういう表情は文次郎にしてやれ」と呟いた。潮江君を睨んでどうしろと…?



「ふむ…ならば練習してみてはどうだ?」



そう言って仙蔵君が出してきたのは生首フィギュアだった。しかしそれは、よく見る学園長先生のではなく潮江君の顔だった。

「…え、こ、これ…」

「文次郎の顔を書いただけでまだ化粧をしていないからな。丁度良いだろう?」



何が丁度良いと言うのだろう…。

しかし、そんな抗議は傍らでたおやかな笑みを湛えた作法委員会委員長には無駄なことなので大人しく潮江君の生首フィギュアと対峙する。




口を開けて初めて言葉にする彼の名前をそっと呟く。










「…か、帰る!!」



途端に恥ずかしくなって私は仙蔵君に生首フィギュアを押し付けて赤くなった顔を隠すように早足でくのたま長屋に駆け込んだ。










仙蔵はふっと笑って天井を見上げた。



「名前も呼べないほど愛おしい、か…初々しいな、なぁ、文次郎?」

「…ふん」


俺は天井から降りてギロッと仙蔵を睨んだ。



「そう睨むな。良いことが聞けただろう?」

「…うるせぇ」



不敵に笑う仙蔵をもう一度睨んで、なまえの呟きを思い出す。

忍者でなければ聞き取れないようなか細くて弱弱しい小さな声。





「……………もん、じろう、く、ん」







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