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「きり丸君」
「なまえさん。どうしたんすっか?こんな遅い時間に」



カウンターで図書カードの整理をしていたきり丸君が顔を上げる。六年生となった彼は、今や図書委員会の委員長だ。



「これ、土井先生に頼まれたの。急な出張が入ったから、返却期限までに帰れなかったら代わりに返しておいてくれって」



本当は本人が返しに来なければならないのだが、急な仕事では仕方がない。「大目に見てね」と私は笑った。



「土井先生、まだ帰ってこないんっすか?」
「学園長先生直々のお使いだもの、時間がかかってるのかもしれないわね」
「なまえさんは…、土井先生がいつ帰って来るか、知らないんすっか?」



学園長先生直々に言い渡されるお使いというものが言葉通りの意味でない事くらい、6年生ともなれば察しが付く。



「一介の事務員には、任務に関することは何一つ教えられないもの。私には分からないわ」



心配そうに、悔しそうにするきり丸君に私は「ごめんね」と呟いて、図書室を後にした。










部屋に戻り、布団に入る。しかし、眠れない。

窓から差し込む月明り。そよぐ風の音。学園で飼っている動物の鳴き声。



きしり、と廊下が軋む。起き上がると、自室の前に人影がある事に気が付く。



「土井、先生?」

「…すまない、起こしたか?」

「いいえ、起きていましたから」

「そうか」

「…任務からお帰りになられたのですね」

「ああ。さっき学園長のところへ報告に行ってきた」

「きり丸君も心配していましたよ」

「…そうか、後で会いにいこう。鍛錬か?」

「いいえ、図書室にいます」



布団から出て、戸の前に立つ。開けようと手をかけたが、土井先生が外から手をかけているようで開かなかった。



「開けないでくれ」

「…わかりました、開けません」



私は戸の前に正座した。そして、戸の向こうにいる土井先生を見上げる。障子に映る影は微動だにしない。



「お怪我は?」

「私は無傷だ。心配ないよ」

「そう、ですか…。無事に戻られて何よりです」

「…なまえ」



戸はまだ、開かない。



「土井先生、前に、は組のみんなが開いてくれた結婚式のことを覚えていますか?」

「…もちろんだよ、忘れるわけがない」



私がこの忍術学園に来て、事務員として働くようになって。土井先生と知り合って、恋に落ちて、幸運にも結ばれることになった。

散り行く命が多いこの時代に、最愛の人と出会えた幸福。その人と結ばれることが出来たという幸福。たくさんの人たちが私たちの結婚を祝福してくれたという幸福。



「私は、あの時、死んでも良いと思いました」



障子の向こうで影が揺れた。





初めは諦めようと思った。

忍者である土井先生は、いつ死ぬとも知れない身。いつか、一人ぼっちになるのなら、幸せの絶頂で死にたいと思っていた。



「こんな世です。今という幸せは長くは続かないかもしれない。いつ、貴方が私を置いていなくなるともしれない。それなら、いっそ、…そう、思っていました。でも、今は違います」



膝の上で両手をそろえ、顔を上げる。障子が少しだけ、開いていた。



「貴方が任務から帰ってくるたびに、あなたと逢うためにできるだけ長く生きたいと思うようになりました。私には、忍者のことは分かりません。土井先生の苦しみも悲しみも、本当の意味で理解することは出来ません。だからせめて、貴方が、安心して帰ってこられる場所でありたいと思うのです」



もう一度障子に手をかける。泣きそうな、けれど、安心したような表情の愛しい人が、そこにいた。





「お帰りなさい、半助さん」





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