「"アイリス"って名前、ぴったりだよね」 「どうしたんだい?突然」 デントの淹れてくれた紅茶の味を楽しみながらテーブルの真ん中に置かれたクッキーをつまむ。 サトシはアイリスのパートナーであるキバゴの特訓に付き合っている。何度も練習している"りゅうのいかり"がまた不発に終わった。 「やわらかな知性とか雄弁とか軽快とかぴったりだと思わない?」 そこまで言えばデントもなんのことか、分かったようだ。 「ああ、花言葉かい?」 「そ。デントには…、クルマユリかな」 「クルマユリ?どんな意味なんだい?」 「多才な人」 私の両親はタマムシシティで花屋を営んでいる。自然と花や花言葉にも詳しくなった。 デントはサイエンスソムリエ、釣りソムリエ、映画ソムリエ、メトロソムリエを名乗っている。 ポケモンソムリエとしてポケモンに関する知識も豊富だし、兄妹でレストランを経営していることもあって料理も上手だ。 「ぴったりだよね」と笑いかけると、デントは「そうかな」と照れたようにはにかんだ。 「サトシには…、マンサク、かな。直感やひらめき、不思議な力っていう花言葉なんだけど」 「なるほど。サトシにぴったりだね」 春先に咲くユニークな形の黄色い花で、柔軟な発想で不利なバトルでも乗り越えてきたサトシに似合いの花だと思う。 そう言う意味では、 「あ、向日葵を贈るのもありかも」 「向日葵?確かにサトシに似合いそうだけど……何て花言葉なんだい?」 「や、花言葉じゃなくて見た目が」 大輪の向日葵。 明るくて大きな花。太陽に向かって真っすぐ伸びる姿。明るく前向きなサトシにぴったりだと思う。 「ちなみに花言葉は光輝とか愛慕とかあなただけを見つめるとか」 他にもあったと思うけど、流石に全部は覚えてない。 ポケモンバトルをしている時のサトシはまさしく光り輝いている。光輝って言うのは言い得て妙だ。けれど、恋愛に疎いサトシに愛慕とかあなただけを見つめるとかは似合わない。 サトシはバトルに熱が入りすぎて「手加減してよ」とアイリスに文句を言われている。 ポケモンを守るため、救うためなら自分の身を投げ出すことも全くいとわない。 そうなると、相手がポケモンであった場合はある意味正しいかもしれないが。 そう思うと少しおかしくて私はくすっと笑った。 ふと、不穏な空気を感じて視線を正面に戻すとデントが表情を隠すようにしてうつむいていた。 「デント?どうかした?」 「ナマエはサトシのこと…」 「ん?」 「いや、何でもないよ。ナマエ自身はどうなんだい?」 「私?…んー、考えたことなかったなぁ。自分じゃよくわかんないや」 「じゃあ、僕は君にこの花を贈ろうかな」 そう言ってデントは空になった私のカップに鮮やかな赤い紅茶を注いだ。 透明のティーポットにはバラが沈んでいる。 「これは、ローズティ?」 「そうだよ。ローズレッドティ」 「ローズ、…レッド」 「そう。赤いバラのお茶」 デントはにっこり笑う。素直に、とらえていいのだろうか。 「デントー!!特訓の相手してくれない?サトシったら熱くなって全然手加減してくれないのー!」 「いいよ。今行く」 アイリスに呼ばれたデントは片手を上げて二人の元へ足を向ける。 ちょっ、こんな意味深な行動を起こしてなんの説明もなしに行かないでよっ! 私は思わずデントを呼び止めた。 「あっ、ちょ、デント!」 「返事は今夜訊くよ。それまでに考えておいてね」 今夜?!急すぎでしょ!? ローズレッドティ。赤いバラ。 重ねて言うが私は花屋の娘だ。花にも花言葉にもそれなりに詳しい自信がある。 いや、花屋の娘でなくても赤いバラの花言葉なんて女の子にとっては常識みたいなものだ。 私は目の前の赤い液体を見つめる。 心臓がバクバクいっているのは、「なんだよ、アイリスの奴」とぶーたれながら帰ってきたサトシには気付かれていないといいなぁ。 |