可憐な非日常 | ナノ


昼食の下ごしらえを終えて食堂の仕事が一息ついた私は事務室の前までやって来た。

私と春の主な業務内容は事務の仕事と食堂の手伝いである。働かざる者食うべからずとは言うけれど、できれば生徒や先生たちとは関わり合いになりたくない。まあ、仕事をする以上そんなことも言ってられないが…。

春の言った通り、精神感応を持つ私にとってこの環境は精神衛生上よろしくない。めんどくさい。

帰るためとはいえ、こんな環境で働くのは…。



私は一度大きく息を吸って、事務室の戸を開けた。


「失礼し…」



私は戸を開けたまま言おうと思っていた台詞を言い切ることもなく固まった。なんだこれは…。

何やら大量の紙が床一面に散らばっていて、その紙の上にダイブしている少年。何枚かの紙がひらひらと宙を待っている。

目の前に置かれていたであろう机はひっくり返っているし、その上に置かれていたであろう硯は墨が真っ白な紙の上にぶちまけられている。

足の踏み場、は…ギリある。

いったい何をどうしたらこのような惨事になるのだろうか。



「んなとこに突っ立って何やってんだ?」

「…いや何でも」



奥に座っているだまし絵みたいな人が「小松田君!君はまたっ!!何やってるんですかっ!!」と目を吊り上げ、小松田君、と呼ばれた人が「あはは、またやっちゃいました!すみませーん!」と言っているので日常茶飯事なのだろう。何も突っ込むまい。

小松田君、と呼ばれた少年を叱り飛ばしているだまし絵みたいな人は入口のところに立っている私たちに気づくと吊り上げていた眉を下げた。



「騒がしくて申し訳ありません。私は道具管理主任の吉野作造です」

「い、いえ。今日から事務の仕事をさせていただく椎名棗です。で、こっちが…」

「早蕨春です。よろしくどーぞ」

「話は聞いていますよ。すみませんねぇ、ちょっと散らかってますが…」

「これでちょっとの部類ですか…」

「とりあえず、片付けるか」



春が言った瞬間、私の手元にすべての書類が集まった。そして、倒れていた机やひっくり返った硯が机の上にきちんと並ぶ。



「って、私がこの大量の書類の整理をするんかい」

「俺じゃあどれがどれかわかんねーもん。お前なら分かるだろ、慣れてるだろうし」

「確かに書類整理は慣れているけど」



賢木先生は仕事に関しては有能な人だが真面目に仕事する人かと言われるとはっきりとそうとは言えない。むしろ回診と称してサボりに出かけることはままあったし、デスクワークを面倒くさがるところもある。そうなると専門知識を持ってなくても出来る仕事などは必然的に私に回ってくるのだ。

ここでもこんなのか…。まあ、慣れないことさせられるよりましか…。

机の上に書類を広げ、接触感応で読み取りながら仕分けする。



こっちが掲示物で、こっちのは大川さんの許可がいるやつ。こっちは委員会関係。これは…、印刷を頼まれてたテストの答案用紙か。印刷ってコピー機なんてないだろうしどうやって、………あ、そっか、木版刷か。あ、こっちのはもう印刷が終わってるやつだ。これは一年は組ので、こっちはい組、で、これがろ組の。ん?私用の手紙も混ざってる。大川さん宛てだ。こっちは山田さん宛て。あ、給料の明細書。



仕分けが終わって一つの束を春に渡す。



「春、これ大川さんの許可がいるやつ。急ぎの書類みたい。序に私用の手紙も混ざってたから一緒に持っていって」

「はいよー」



書類を持って瞬間移動で消えた春を見送る。

あと、急ぎの書類はなかったな、と確認して顔を上げると吉野さんと小松田さんがポカーンとしていた。

どうしたんだろうと首をひねっていると突然ガシッと吉野さんに両手を包み込まれる。何事。



「椎名さん!!」

「は、はい」

「ずっとここに居てくださいっ!!!」

「え、いや…、ずっとというのはちょっと…」

『こんなに有能な人がいるなんてっ!!今すぐ小松田君と取り換えてほしいくらいです!!!』



内心すごい勢いの吉野さんに若干引いていると彼の後ろで小松田さんがへらっと笑っている。



「すごいですねぇ〜。なんの説明もなしにてきぱきと。僕にはまねできないな〜」



そんな特別なことじゃないでしょうよ。

私は、この時代の字は達筆すぎて読めないので接触感応を使って分けたが、この世界の人なら読めて当たり前のはずだ。特にここは学校なのだから最低限の教養は生徒だろうが先生だろうが事務員だろうが身についているはずである。そうでなければ勉学や仕事が成り立たない。

そう思ったが、口には出さず、束の一つを指した。まだ吉野さんによって手がふさがれているので視線で。



「それより、一番左のそれ、掲示物なので、貼ってきてもらえますか。その横のは各学年へのお知らせなので序に持ってってください」



「はーい」と返事をした小松田さんは紙の束を抱えて立ち上がる。けれど、事務室を出ようとしたと途端敷居に躓いて紙束が扇子のように広がる。おいおいまたかよ。

そこへ庵から帰ってきた春が現れた。



「…時間が戻ったのか?」

「さっきよりはひどくないでしょ。それより掲示物は小松田さんにお願いするから、こっちのお知らせの紙は春が配ってきて。私はこっちのを配布してくるから」

「りょうかーい」



間延びした返事とともに春が消える。広がった紙集めなおして今度こそ事務室を後にする小松田さんに「もうこけないでくださいねー」と声をかけて、いまだ「正式に忍術学園の事務員に!」と勧誘してくる吉野さんをかわして、私も適当な紙束を持って事務室を後にした。









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