「これ配ってきますね!」と吉野さんの熱烈な勧誘をかわすために引っ掴んだ紙の束は各委員長へのお知らせだった。適当に選んだとはいえ面倒なのを取ってしまった。忍術学園の生徒や先生とはなるべく関わり合いになりたくないと思った矢先である。 かといって事務室に戻るのは好ましい選択ではない。 仕方ない。持ってくか…。………最初は、 会計員会。 プリントの頭に書いてある委員会名に思わず足が止まった。会計委員会の委員長はあの潮江君だ。 ………会いたくねぇ。 この世界に来てから一番接触が多く、かつあからさまに敵意を向けてくる忍たまの一人である。会いたくない。心底会いたくない。 でも、仕事だ。そんなことは言ってられない。 深くため息をついて止まっていた足を再び動かした。 会計委員会室、と書かれている木のプレートを確認して戸を開ける。九つもあるのだ。手早く済まそう。 「失礼し、ま………」 全員が潮江君みたいになってる… 会計委員会室にいる人たち全員が全員、目の下に隈を作っている。しかもこの上なく濃い。それはもうくっきりと。 戸のところで立ち尽くしている私に気が付いたのか潮江君が顔を上げた。 「………用件はなんだ」 突っかかって来る気力もないらしい。初日の勢いはどこへやらである。 「………あ、棗さんだ。おはようございま〜す…」 「おはようって時間じゃないけどね。君は確か一年は組の、」 「加藤団蔵です。覚えててくれたんですね…」 第一印象は元気いっぱいって感じだったのに、今は意識が朦朧としているのか、半目で語尾が間延びしている。大丈夫か。 そういや、今朝は団蔵君や潮江君を含めここにいる面子は食堂で見かけなかったな。 視てみるとなんともひどい有様だった。 どうやら今は各委員会の予算案を提出する時期らしく、授業以外の時間はほとんど委員会の時間になっているようだ。しかも、睡眠らしい睡眠も取らず、食事もクラスメイトが差しいれてくれるおにぎりばかり。これでは体が持たない。 なんというオーバーワーク。何処のブラック企業だ…。 手に持っていた書類を端によけて、一番近くにいた団蔵君ではない方の一年生の帳簿をめくる。寝不足なせいか、所々間違っている。 「あ、あの、か、返して、ください…!!」 「…」 パラパラと帳簿をめくる私に一年生の彼は気丈に声を発した。肩と声が震えている。 触ったら余計怖がるかな、と思いつつそっと肩に手を遣ると肩どころか体全体がはねるようにびくついた。 相当怖がられているな。 内心苦笑しつつ接触感応と精神感応を展開する。 一年い組任暁左吉。10歳、蠍座、A型。会計委員会所属。成績優秀だが、自惚れ屋で傲慢さが若干目立つ。実戦経験豊富な一年は組をライバル視している節がある、か。 なるべく怖がらせないように優しい声音を意識して任暁君に話しかける。 「頑張るのはいいけど、自分の限界をちゃんと分かっとかないとだめだよ。特に、君らの年代は成長期なんだから。無理は禁物。健やかに育つためには適度な運動と食事と睡眠が大事なんだから。優秀な忍者になりたいなら尚更ね。今の君らは完全にオーバーワークだよ。一生懸命も結構だけど、それと無茶するのは違うんだからね」 なんか賢木先生みたいだな、私。 そんなことを考えながら「だから少し休みなさい。団蔵君も。そっちの君たちもね」と、団蔵君と一年生の向かい側に座っている萌黄色の装束の少年と紫色の装束の少年に笑顔を向ける。 「おいっ!!何を勝手に、」 「うるさい。言っとくけど、一番休息が必要なのは君なんだからね」 潮江君の反論を叩き落として、顔を上げる。接触感応を使わなくても、この面子の中で一番顔色が悪い。 「だが、間者かもしれない奴に学園の帳簿を見せるわけには、」 「これ以上ぐだぐだ言うならまた気絶してもらうけど?」 今の格好は忍術学園で借りている事務員用の制服だ。 懐に入れた特殊警棒に手を伸ばしつつ、にっこり笑顔を向けると、春が現れた日の夜を思い出したのか、「うっ」と押し黙る。よっぽど苦い思い出になったらしい。 そして、無言で帳簿を差し出した。よろしい。 ++++++++++++++++++++++++++++++ (よし、終了〜) (ん、ふぁ〜) (久しぶりによく寝たな〜) (あ、起きた?終わったよ) (………きちんと終わっている。不備もない) (すごい、まだ一時しか経ってないのに) (団蔵の暗号のようなミスも修正してあるぞ) (そういえば棗さん、会計委員会に何か用だったんじゃないんですか?) (あ、そうだった。これ、各委員長さんに渡すように言われた書類) (………ああ、確かに受け取った) (そんな不本意そうな顔しなくても…) |