「一体何考えてんだよ、あの爺さんは…」 「さあね、私の力でもその真意までは読み取れなかったけど」 借りている部屋で春はぼんやりと天井を見つめながら呟いた。 金楽寺から帰ってきた時は茜色の空だったが、すっかりと闇に染まっている。余計な光がないせいか、星が良く見える。 全力で透視したわけじゃないけど、精神的プロテクトが強いのかどうにも超能力が効きづらい。さすがは凄腕忍者と言うべきかはたまた年の功か。 「けどまあ、私はこの学園の裏山で、春に至っては忍術学園の中だったんだから、ここに帰るヒントがある可能性は大だし、衣食住を提供してもらるんだし、出ていく理由はないよねぇ」 「こんな敵意だらけの中で過ごせるかよ。おちおち寝られもしねーよ」 「そこは我慢するしかないでしょう。私たちは彼らにとって異分子なんだから。その上こんな能力があったら、警戒されるのも無理ない」 「棗はいいのかよ。精神感応能力者のお前にとっちゃ辛い環境じゃねーのか」 「まあ、居心地がいいとは言えないけど、贅沢は言ってられないでしょう」 何のことはない、最初ここに来た時に戻っただけだ。精神的威圧感は倍増だが、特に問題ない。 怖がられ、気味悪がられ、近づかれなくなる。よくあることだ。特に私の場合は。握手一つで、目を合わせただけで、個人情報を簡単に知りえることが出来る。散々向けられた視線だ。今更そんなものが増えたところでどうということもない。 「私は私の仲間が傷つかなきゃそれでいいよ」 「………お前らってほんとぬるいよなー」 ガシガシと頭を掻きながら、春がつぶやく。「パンドラは考えが極端だと思うよ」と返しておく。 「ところで、年頃の男女が同じ部屋ってのはいいのか」 「いいも悪いもこの状況でそれこそ贅沢でしょう」 「お前、もうちょっと危機感とかさあ…」 「何を今更。周りは男だらけなんだし。普通人相手ならともかく、アンタ相手じゃ能力的にも性別的にもかなわないもん」 「大体、私がたとえ超能力者が相手でも簡単にやられる女だとでも?」と笑うと「いや、これっぽっちも思わねーけど」と春が苦笑した。当たり前だ。 「そういうわけで、闇討ちってのはおススメしないな。天井裏の坊やたち」 上を向いてにっこり笑うと音もなくすたっと降りてきた影が二つ。 「誰が坊やだっ!!」 「気づいていたのか」 そりゃあ、思考ダダ漏れだったし。透視能力で見えるし。 「あのようなことが出来る人間がいるはずがない、お前たちは何者だ」 「だから、人間だってば。君らと一緒。疲れれば寝るし、お腹が減ればご飯を食べるし、怪我をすれば血が流れる、普通の人間」 「あれはどう考えても人間技じゃないだろっ!正体を現せっ!!このっばッ?!」 「それ以上言ったら息の根を止めてやる」 そう言ったはずだ、と春が冷たい目で潮江君を見上げる。鼻から下が天井に埋まって逆さづりの状態になる。脱出しようとしているようだがうまくいかないらしい。手と足が分断されて床でバタついているのだから当然だが。 「うるさい。暴れんな。コマ切れにすんぞ」 鋭い目つきですごむ春の頭をばしっと叩く。殺気のこもった視線をそのまま向けられるが、私ははあ、とため息を一つつくだけにとどめた。 「ちょっと落ち着いて、春」 「けどっ!!」 「そんな言葉いちいち真に受けてたらキリないでしょ。割り切りなさい」 「ほら、もとに戻して」と畳を指さすと、春はしぶしぶといった体で潮江君を元に戻した。 潮江君は畳に手をついて息を整えている。そのまま睨みつけるように下から春を見上げて懐に手を入れている。 攻撃でもするつもり、か…。やめた方が良いと思うけど…。 そのまま春にとびかかりそうな潮江君。彼の動き出しと同時に頭の上に何が落ちてくる。なかなかの重さらしく、ゴチンッと割と大きな音を立てて彼は気絶した。触れてみると鉄製の算盤だった。彼の懐に入っていた物らしい。 何でこんなもん持ち歩いてんだろ…?鍛錬のため…?算盤で鍛錬って…、ダンベルか…。 脳内で一人ツッコミをしつつもう一人の少年に目を遣ると、いつの間にか目の前から私の後ろに移動していた。首元に刃物をあてがって。 「それ以上動くな。なにもしゃべるな。やはりお前たちは危険人物のようだな」 このまま喉を掻き切ってやる、と触れてる刃物から思考が伝わってくる。 『やれやれ、春。』 『いいのか?』 春に思考を送ると、殺さなくて良いのか、という返事が帰ってきた。そんな事したらここに居られなくなるじゃないか。折角衣食住がそろっているというのに、それを手放す気はない。 『相変わらず甘いなー』という思考を寄越した春は瞬間移動で私と少年の位置を逆転した。序に私の手の中には、少年が持っていた黒光りする刃物。これは苦無、というらしい。 「甘いよー、この場に瞬間移動能力者がいるんだからそんなんじゃ動きを封じたことにはならないよ。忍術学園6年い組作法員会委員長立花仙蔵君」 彼の喉元に苦無を当てて、にっこりと不敵に笑う。尤も、彼は前を向いたままなので見えはしないだろうが。 「っなぜ」 こんなにも速く動けるのか、自分の思考が読めるのか、と立花君の頭の中は混乱している。顔には出してないけど。なかなかのポーカーフェイスだ。 「信じるか信じないかは君らの勝手だけどね。本気で私たちと殺り合うっていうなら、こっちも手加減しないから」 立花君はこのまま殺される、と焦っている。失礼な。こんなことで年下の命奪ったりしないって言うのに。 『まあ、君らが手を出してこなきゃ、こっちも無駄な殺生はしないから、安心して』 『?!何故、私の考えていることが!?』 こんだけ密着してるんだから、透視出来ないわけないでしょ…。って、超能力のことを信じてない人に言っても無駄か…。 「ほら、分かったらそこのクラスメイト連れて、部屋に帰って」と、畳の上で伸びている潮江君を指さして私は布団に潜り込んだ。 |