春によって地面に埋められていた6年生の面々を救出し、私と春は大川さんの庵に居た。最初にここに来た時よりも空気が痛い。まあ、あたり前か。 「さて、少年。お主はどこの忍の者かの?」 「忍って…、忍者ってことか?んな時代錯誤なもんになった覚えはねーけど」 「おい、貴様っ!!学園長に対してなんという口の利き方をっ!?」 春の言葉遣いをとがめた潮江君が言葉を言い切る前に消えた。そして、壁に首から上だけ出た状態で埋められる。 「こら、春、やめなさい」 「だってこいつうるさい。それに棗だって分かってんだろ、さっきからビシバシ殺気向けてんじゃねーか」 「だからって、むやみにそういうことするんじゃないの。余計にややこしくなるでしょ」 何でもかんでも力技で解決しようとするのはパンドラの悪い癖だ。メンバーの血の気、多すぎますよ、兵部さん。 ここにはいない年齢詐称の銀髪学ランを思い浮かべてため息をついた。それから、大川さんに向き直る。 「すみません、大川さん。私は嘘をつきました」 「ほう…」 「私は、いえ、私たちは、未来ではなく、異世界から来たんです」 かこんっと鹿威しがやけに大きな音でなった気がした。 「「「はあぁああ??!!!」」」 「どういうことだっ!?」 「なんだよ、異世界って!?」 「ふむ、詳しく聞かせてもらえるかのう」 長い沈黙ののち、春も含め一同騒然となる。大川さんのみ冷静に続きを促した。 「順を追って説明します。最初に言ったように何故ここに来たのか、どうすれば帰れるのか、それが分からないというのは本当です。ですが、この世界がただの過去ではなく、異世界だと思ったのは室町時代にはなかったはずの言葉や物が存在するからです。アルバイトとかカレーとか、そんなものは室町時代にはない言葉です。それに、この世界にある城やその大名の名前は一つとして歴史に残っていません。しかし、気候や地形、風習は記録に残っている室町時代の日本と酷似しています。よって、この世界は日本の室町時代を基盤にした別世界だという結論に至りました」 「…なあ、棗、それ、本気で言ってんのか?」 「本気も何も接触感応で透視したものをそのまま話しただけだよ。食べ物や言葉に関しては私が実際に体験したことだし」 「けど、あんのか?ほんとに異世界なんて」 「実際、私たちが今まさにその渦中にいるでしょ?来た経緯も帰り方も透視できないし、そう考えるのが一番自然だし。そもそも、パラレルワールドはSFの中だけの話じゃなく、実際に物理学の世界でも理論的な可能性が語られているよ。まあ、多世界解釈においては、パラレルワールドを観測することは出来ないからその存在を否定することも肯定することも出来なくて懐疑的な意見しかないけど」 と、後半は皆本さんの受け売りだ。訓練の合間の雑談でそんな話になったのを覚えている。春は、「そう言われると…」と難しい顔をして黙り込んだ。 「…では、その少年が使っていた力は何じゃ?異世界人は皆そのようなことが出来るのか?」 「いいえ。超能力、先ほど彼がしたようなことが出来る者はごくわずかです。…春、いい加減出してあげなよ、うるさい」 私が話を続けている間も潮江君はぎゃんぎゃん吠える。そろそろ、本気でうるさい。騒音レベルだ。 「出したら余計うるさいだろ。もういっそ頭も埋めていい?」 「「「「「「?!!」」」」」」 「いいわけあるか」 阿呆なことを抜かす春の頭をべしっと叩く。「冗談だってー」と笑う春は瞬間移動で壁に埋もれていた潮江君を出した。アンタの場合は冗談に聞こえない。 両膝と両手をついて息を整えている潮江君の背中を善法寺君がさすっている。よほど焦ったのか、随分と息が荒い。 「その、超能力、というモノについて詳しく聞かせてもらえるかのう」 いたって落ち着いた声音で大川さんは尋ねた。目の前で一瞬にして人間が壁に埋められたというのに、暢気なのか肝が据わっているのか、この人は分からん。 「ついでにそちらの少年に関しては自己紹介もしてもらえると助かるのじゃが」と言う。私と春は顔を見合せた。 「あー、俺は早蕨春。瞬間移動能力者。簡単に言えば一瞬で物体を別の場所に転送できる。実演は…、もう必要ないか」 「ふむ…では、椎名殿は?」 「私の場合、複数の超能力を持ちます。体表面を接触させることにより、人間や物体から過去や現在の情報を読み取ることができる接触感応能力、物影を見通す透視能力、他人の思考を読んだり自分の思考を相手に送ったりする精神感応能力です」 「ほお…それは実際に使っているところは見せられないものかのう?」 あれ、なんかわくわくしてないかな、大川さん。 見せられなくはないが、ここは忍者の学園。勝手にいろいろ透視してうっかり機密事項を知ってしまって闇討ち、なんて御免である。さて、どうしよう。 悩んでいると、傍で勝手に散歩している蛇さんの思考を拾った。 『ジュンコちゃん』 『あら、棗。どこにいるの?』 『大川さんの庵。来る?』 精神感応でジュンコちゃんに話しかけると、彼女は地面を這って庵の前までやって来た。大川さんに断って、障子を開け、廊下に出ると部屋の前で行儀よくとぐろを巻くジュンコちゃん。 廊下に手を置くと、腕を伝ってするすると昇って来る。ジュンコちゃんが私の首に落ち着いたの確認して振り向くと、部屋のみんなは目を見開いていた。序に春は可能な限り壁によってジュンコちゃんから距離を取っていた。 「ちょっそれ、蛇じゃんっ!!」 「うん、マムシ。春って蛇苦手だっけ?」 「爬虫類は全般無理っ!!ていうかそれは苦手とかそういうことじゃないだろっ!ちょっそれ以上俺に寄るなっ!!!」 寄るなとはなんだ、寄るなとは、失礼な。 「レディに対して失礼でしょ。この子、爬虫類とは思えないくらい賢いんだから」 「そういう問題じゃねーよっ!!」 春は壁に背を預けたまま動かない。このままでは、瞬間移動で私ごとどこかへ飛ばされてしまいそうなので、一応春と距離を取る。ジュンコちゃんはそのまま寝始めた。マジか。 「これは、精神感応なんですが、こんな風に人間を含む生物との思考の送受信が可能です」 「ほお…あのジュンコが…。大したものじゃ」 大川さんは感心したように目を細めた。 「学園長っ!!このようなことっ!信じるのですかっ!?」 突然、後ろに並ぶ先生方のひとりから声が上がる。私をここに住まわすと最初に大川さんが言った時に反論していた先生の一人だ。名前は確か、安藤夏之丞さん。 「信じるもなにも安藤先生、お主も見たであろう」 「しかし、このようなことっ…。もはや、人間であるかどうかも怪しいものですっ!!妖怪や化け物の類っ…?!」 安藤さんが言い切る前にその首がヒュッと消えた。 |