可憐な非日常 | ナノ

この世界に来て2度目の朝を迎えた。目の前に広がるのは見慣れた自室ではなく、木と畳の匂いが香る日本的な部屋。さながら座敷牢。

実は夢オチでしたーとかだったらどんなに良かったか。残念ながらこれは現実のようだ。しかも、どうやら自力で帰る方法を探さなければいけないらしい。

参ったなー、思いながら体を起こすと腕に何かが巻き付いている感触。見下すと赤い体に黒の斑点模様を持つ毒蛇さん。あら。

昨日仲良くなったジュンコちゃんは夕食を届ける人が来る前に「ジュンコ―!どこだい、ジュンコ―!!」と呼ぶ人の元へ帰って行ったはずなのに。そして、私がお風呂から帰ってきて布団に入ったときにはいなかったはずなのに。寝てる間に来たのだろうか。

ジュンコちゃんは『あら、起きたのね』なんて言いながらするすると昇ってきてまた首に巻き付いた。『寒いなら布団の中にいていいよ』と言うと『ここの方が居心地がいいわ』と。そ、それは光栄、なのかな…。



それなりに話をしてジュンコちゃんは爬虫類とは思えないほど賢くてむやみに危害を加えるようなことはしないと分かっていても今だに体がこわばる。マムシという生き物はそんなに身近な生き物ではないのだ。



「椎名さん、入りますよ」

「はい、どうぞー」

「朝食で………え、」



監視(監禁とは人聞きが悪いと山本さんに言われたので)対象とはいえ、女性ということで一応は気を使われているらしい。律儀だな。ドアの向こうからかかる声に応答すると、扉がすっと開いてお盆を持っていた男の人が固まった。多分、私の首に巻き付くジュンコちゃんを見て。



「どうも、御足労かけまして」

「い、いえ…」


男性はジュンコちゃんを見つめたままお盆を渡した。お盆の上には白いご飯に茶色のドロッとした液体がかかったインドの代表的な料理。カレーだ。紛うことなきカレーだ。

やはりここは室町時代をベースにした全く違う世界らしい。

お盆を通して男性の心を透視すると案の定首に巻き付いているジュンコちゃんに困惑しているらしい。あと、私が寝間着に着ていた着物が着崩れているからなるべく見ないようにしてくれているということも分かった。よく見ると、彼は少年を届けた時に私に刃物を突き付けた人だ。初対面は最悪だったが意外と紳士なのかもしれない。序にこのカレーは昨夜の残りらしいということも読み取れた。匙でご飯とルーをすくい、パクッと一口。あ、おいしい。



「どうかされました?」

「い、いや…そのマムシ…」

「昨日仲良くなりまして。やっぱりまずいですかね」

「い、いえ…あの、大丈夫なんですか?」

「ジュンコちゃんはとってもいい子ですよ」

「そういうことではなく…。女性は普通爬虫類を怖がるものでは?」



と、男性は私が監視対象だということも吹っ飛んだかのように床に座り、困惑と心配が混ざったような表情で尋ねた。仮にも監視対象者にそんな表情を見せていいのか、忍者として。

意思疎通ができるので問題ないです、とは言えずに「大人しい子みたいですから」とあいまいに笑っておく。

何か言おうとした男性が口を開きかけて、廊下の方を振り向いた。透視能力で見てみると、見覚えのある少年がかけてくる。確か、一昨日道に倒れていた子だ。



「お姉さん!やっと見つけたー!」

「きり丸!この部屋は下級生は立ち入り禁止だと言っただろっ!!」

「おれを助けてくれた人っすよ。ちゃんとお礼言いたいじゃないっすか!」



「もう帰ってるんじゃないかと思ってたんすけど、まだいてくれてよかったです」ときり丸と呼ばれた少年は八重歯を見せて笑う。



「改めて、一昨日はありがとうございました!おれ、きり丸って言います。こっちは担任の土井先生です」

「こ、こらっ!」

「いえいえ。初めまして、椎名棗です」

「棗さんはなんか学園に用事があったんすか?」



きり丸君の問いに土井さんは明らかにまずいっという表情をした。どうやら生徒たちには私のことは極秘らしい。いや、先ほどの言葉を聞くに下級生には、だろうか。



「うん、そうだよ。訳あって、しばらく忍術学園でお世話になるの」



私の言葉にきり丸君は「へーそうなんすか」と呟いた。土井さんの方を見遣ると安堵と困惑の中間のような表情をしている。一応ごまかしたつもりだったが、良かっただろうか。人差し指を口元に持っていき、土井さんをうかがうと、ハッとしてコクリと頷いた。良かった、これで正解らしい。

それから、きり丸君との世間話が続いた。何でジュンコがここにいるのかとか、自分はお金儲けが好きでいくつもバイトをしているとか、長い休みの時は土井先生のお宅にお世話になっているとか、いろいろ。

土井さんは部外者どころか間者かもしれないと疑っている人物にどんどん情報が流れていくのを内心大慌てで何とかしようと話に割り込む隙をうかがっている。

土井さんには悪いけど、誰かとの気兼ねないおしゃべりは意外と楽しくもう少し続けていたい。



「あ、そうだ、きり丸君」

「なんすか?」

「よかったら私にもアルバイト手伝わせもらえないかな。しばらくはこの部屋で大人しくしてなきゃいけないから退屈でしょうがなくて」



時々バイトを引き受けすぎて土井さんやルームメイトに手伝ってもらっているという話を聞いて提案してみた。彼が筋金入りのドケチと言うのは雑談の中に出てきていたことなので「勿論、お手伝い料はなしでね」と笑うときり丸君は八重歯を見せてにやりと笑った。ちゃりーん、と金勘定の音が聞こえた気がする。気のせいだろうか。



「マジっすかっ!!ありがとうございまーす!」

「こ、こらっ!きり丸っ!!」



元気よくお礼を言ったきり丸君をたしなめ、叱る土井さんが、何となくチルドレンに振り回される皆本さんのように見えた。










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