可憐な非日常 | ナノ




(saburouzi side)





偶然だったのである。

夜目を鍛えるためにこっそり夜間訓練をしていたら、あの椎名棗とかいう女が廊下に座って柱に背を預けて、ぼんやりをしているのを見つけた。何となく、そうただ何となく、天井裏にでも潜んで動向を探ろうと思っただけだ。だって、あいつは不審者で間者かもしれなくて、変な力を持ってて、学園長先生たちや四郎兵衛を誑かした危険なやつなのだから。

天井裏は埃一つない。先輩方や先生方が監視しているはずだが、まだ2年生の僕では本気で気配を絶たれてはどこにいるのか分からない。椎名棗は忍術学園で用意した夜着を着ている。身体を少しずらして、立てていた背中が傾いた。天井越しに目が合う。焦点の合わない瞳は、天井を見ているのではなく何か考え事をしているようだった。膝から下が所在なさげにぶらぶらと揺れる。膝が少し開いて、着物の裾がはためいた。女のくせにはしたない。ぼうっとしていたかと思うと、突然口角を挙げて肘を立てて半身起こした。



「こそこそするのはやめて出てきたらどうですか」

「おやおや、ばれちゃった」



一瞬僕のことかと思ったが、違ったらしい。廊下の下から黒い塊がぬっと出てきた。頭だけを出して緊張感のない声で「やあ」と片手をあげて彼女の膝の間から顔を出す。なんてところから出てくるのだ。



「中々刺激的なものを付けているじゃないか。そそられるのものがあるね、その白いの」



目線がどこにあるのかを察知して僕はかあっと顔に熱が集まるのが分かった。しかし、椎名棗は慌てず騒がず無言で右足を曲げて左に振った。当たれば、膝がこめかみにヒットし、ダメージを与えていただろう。そう、当たれば。

そいつは難なくかわして、廊下に立ち、柱にもたれかかる。



「今夜は何の用ですか、雑渡さん」

「何って…」



当たりをぐるりと巡視して右目が弧を描く。







「夜這い」

「くノ一長屋はここじゃないですよ」

「私はロリコンではないよ」

「山本さんの部屋はあっちです」

「そんな命知らずではないよ」

「…保健委員会の皆さんはそれぞれの部屋で寝てると思います」

「彼らはそういう対象では見てないよ。可愛いとは思うけどね」

「じゃあ、立花君とかはどうですか。美人ですよ」

「残念だけど、私は女が好きだよ」



何だか恐ろしい会話を聞いてしまったような気がする。

ばれたら怖そうだ。くノ一とか山本シナ先生とか立花先輩とか。塀のそばにある木が風に吹かれ、何枚かの葉っぱがひらひらと落ちる。

椎名棗は上半身を起こして、雑渡昆奈門を見上げる。相手の一挙一動に注意を払い、決して隙を見逃すまいとする目だ。






「随分大変な目にあったようだね」

「見てたんですか」

「女にしておくのは勿体ないと言ったけど、訂正するよ。女だからこそ、その強さというわけだ」

「強さ、ですか…。あの出来事の中で何か私の強さが見れました?」

「ああ、なかなか面白いものを見せてもらったよ。ますます、君がほしくなった」



雑渡昆奈門はゆったりとした動作で椎名棗との距離を詰める。雑渡昆奈門は廊下に膝と両手をついて、椎名棗を囲い込むように柱の方へ追い詰める。椎名棗は両手を後ろについて後退するが、背中が柱に当たった。雑渡昆奈門の口布と包帯で右側しか見えていない目が半月型になる。

雑渡昆奈門は左手で椎名棗の腰を捕まえ、右手で頬を撫でる。椎名棗は眉を下げ、照れたように頬を少し赤くして雑渡昆奈門を上目使いでうかがっている。二人は額同士がくっつきそうな距離まで近づいていく。



ごくり、と喉を鳴らしたのは僕だろうか、雑渡昆奈門だろうか。



口布ごしに触れた唇を離して、椎名棗は「懲りない人ですね」と呟いた。

その途端、雑渡昆奈門は片目を見開いて、「くっくっく…」と喉で笑いながら立ち上がった。



たまらず駆け出した僕は、その後「11歳には刺激が強すぎませんか」「これくらい、忍者になるなら普通だよ」という会話があったことを知る由もない。















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(な、な、な、……なんなんだよっ!!!////)

(さて、そろそろ限界のようだから今晩は帰るよ)
(私、ここの動物たちとは結構仲がいいんですよ)
(…だから?)
(夜道は気を付けて帰ってくださいね)
(…あの接吻は合意の上だっただろうに)
(それでも、やられっぱなしは趣味じゃないんです)



春は鐘楼の上に避難中。













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