可憐な非日常 | ナノ




「なんで、俺たちがこんなことしなきゃならないんだよ」

「忍術学園のお手伝いさんっていう立場なんだから、こういう雑用も仕事のうちでしょ」

「保健委員の仕事は雑用じゃありません!!」



私たちの会話を聞きつけた川西君が少し離れたところから叫んだ。私はそれに「ごめんごめん」と返しておいた。川西君は「まったく何でこの人たちが、」と呟きながら作業に戻る。

私と春は保健委員の手伝いで、裏々山に薬草を摘みに来ていた。森を抜けると少し開けたところに草原があって、そこには学園の医務室で使う薬草が生えているという。ちなみにその向こうは崖になっている。忍術学園では予算があまり潤沢でないらしく、こうして自分たちで薬の材料となる薬草の調達をするらしい。忍術学園はそんなに赤字経営なのだろうか。

春はいつにもまして不機嫌だ。今も木の上に寝転がったまま、部分瞬間移動で文字通り手だけを動かしている。とういうのも、外出する前に私が医務室の薬草事典を借りようとしたら、「何をしてるんですか」「えっ、私、薬草とか分からないから、これ借りて見ながら手伝おうと思って」「その本は希少本で門外不出です。それに、不審者に大切な情報を見せるわけにはいきません」と、ひと悶着あったからである。必要な薬草も分からないのに何を手伝えと言うのかと危うく川西君を上空へ放り出そうとする春を何とか止めた。大変だった。仕方がないので、草を一つ一つ視ながら成分を接触感応で透視している。

こっちの葉っぱは解熱剤で、こっちの根っこは毒。これは下剤になって、こっちは止血剤…。

こういうのって漢方薬とかの分野かな…、意外と面白いかも…。










「乱太郎ッ!!」




薬草積みに集中していると突然善法寺君の慌てた声がした。

反射的に顔を上げると地面から切り離された土の上に乱太郎君が乗っていて、それに近くにいたらしい善法寺君が手を伸ばしているところだった。乱太郎君の手は掴んだが、彼の足は地面から離れている。そのまま重力に従って視界からフェードアウトし、数秒後に水の中に重い物が落ちる音がした。



「伊作先輩!?」
「乱太郎!!」



他の保健委員さんたちが慌てて駆け寄る。私も透視能力を使って見てみる。意外と川の流れは速いらしく、このままだとあっという間に透視能力の有効範囲内を出てしまいそうだ。



「乱太郎と伊作先輩が…」
「ど、どうしたらっ…」
「とにかく、崖の下に降りられるところを探すんだっ!!」



崖の淵に駆け寄って覗き込む保健委員さんたちの少し後ろから透視と精神感応を展開する。乱太郎君の思考は拾えたが、善法寺君の思考は拾えない。逆なら分かるが、なぜ、彼の思考が拾えないのだろうか。更に後ろから億劫そうに春がやって来た。本気で焦っている時は瞬間移動を使うから、本当に興味がないようだ。



「地面が崩れて崖の下に真っ逆さまとか、不運なことだな」
「いや、これちょっと本気でやばいよ。春、お願い」
「へいへい」



春に頼んで瞬間移動してもらう。ついでに三反田君の懐から鉄の爪が付いたロープを抜き取ってもらう。道具は鉤縄。それから川の中に手を入れる。鉤縄の使い方は分かった。水の抵抗も確認できた。透視能力を使って二人が流れてきたタイミングで水の中に投げ込む。鉤は二人の胴体あたりをぐるりと回って、ロープがしっかり体を固定する。



「ぼさっとしてないで、引っ張り上げるの手伝って!!」

「先輩!しっかりしてくださいっ!!伊作先輩!!!」



いきなり場所が変わってオロオロしていた保健委員会の面々は、私の切羽詰まった声と乱太郎君の悲痛な叫びではじかれたように動き出した。

何とか二人を引っ張り上げる。



「乱太郎ッ!!」
「伊作先輩っ!!」
「乱太郎君、大丈夫?」
「い、いさく先輩がっ!私をかばってっ…、どうし…、た、たすけ、」
「うん、分かったから取り上げず息を整えようか」
「大変だっ!!伊作先輩息してないっ!!」



意識もしっかりしているし、一応接触感応で視てみるがどこにも異常はなさそうだ。問題は善法寺君の方。

傍でオロオロしている川西君たちをどかして接触感応を展開する。どうやら、崖から川まではかなり離れていたらしく、乱太郎君をかばって背中から落ち、衝撃で気絶しているようだ。心臓が痙攣しているように不規則に脈打っている。



「運ぶか?」
「いや、心肺蘇生を先にしないと」



軌道を確保し、額を抑えて鼻をつまむ。一秒くらいかけて息を吹き込み、胸が上がるのを確認する。口を離すと、空気が抜けていく。よし、もう一回。



「ちょっ、先輩に何するんですか!?」



三反田君が止めようとするが、「黙って見てろ。じゃなきゃ、こいつを殺すぞ」という春の脅し文句で大人しくなった。相変わらず荒っぽい。

続いて胸骨圧迫。小さな子供の場合は力加減を考えないといけないのだが、善法寺君は15歳なので、思いっきり力を込める。組んだ上側の手の指で下側の指を持ち上げるようにして圧迫する。大丈夫だと思うけど、折れたらごめんね。

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、

もう一度人工呼吸を2回繰り返す。

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、「ゴッホッ」

「先輩っ!!」
「伊作先輩っ!!」
「大丈夫ですかっ!!?」
「うっ…、いざくぜんぱい、、…わだじ、わだじ…」



保健委員のみんなは意識を取り戻した善法寺君を取り囲んでいる。乱太郎君は安心のあまり顔から出るもの全部出して、善法寺君に縋り付いている。



「さて、一件落着したところで今日はもう帰りますかね。早く着替えないとも二人とも風邪ひいちゃう」
「棗、終わったか」



いいタイミングで現れた春の足元には薬草の入った籠が並んでいた。










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(あ、あの…、椎名さん、)
(棗さん!本当に本当にありがとございましたっ!!)
(うん、二人とも無事でよかったよ)
(棗さんが伊作先輩に接吻したのを見た時は今生の別れかと思ったんですが、伊作先輩を助けてくれて、本当にありがとうございました!!)
(?!せっ…、せっぷ…??!!!/////)
(い、伊作先輩っ!?)
(だ、大丈夫ですかっ!?)
(気をしっかりっ!!)
(いや、医療行為だからね)
((このガキ、天然か…?))











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