可憐な非日常 | ナノ




『ジュンコちゃん!しまってる!!しまってるよ!!!』

声を出すと余計に締め上げられるので、心の中で訴えてみた。しかし、口答えするなと言わんばかりに更に締め上げられた。窒息寸前5秒前!










新たな超能力に目覚めて数日。

土井さんや善法寺君、きり丸君に協力してもらって何とか催眠能力が使い物になるようになった。学園の教師陣や上級生の忍たまたちはピリピリしていたが、大川さんが私たちを追い出そうとしないし、生徒や教師が別人に見えてしまうので、仕方なく協力したといった感じだった。初めは、賢木先生や皆本さん、チルドレンの三人やバベルの仲間たちに見えていたが、何とか本人そのままの姿に見えるようになった。大川さんが兵部さんに見えた時は本当にどうしようかと思った。



取りあえず落ち着いたそんなある日、私のもとへ、するすると廊下を這ってやって来たジュンコちゃんは、器用にはも胴体をくねらせて扉の隙間を広げて畳を這い、そのまま無言で腕を伝って私の首に巻き付いたのである。

部屋の向こうの庭には、九エ門君が、耳をクタリとさせながら寂しそうな声で鳴いている。

なだめすかして、やっとジュンコちゃんが大人しくなり、九エ門君の方へ何事だと思念を遣れば、端的な言葉が返って来た。



『ナツメ、バカ…』

『えっ』

『ナツメのバカァァアアア!!!』

『えっ!?』

『うわぁぁあああん!!!』

『ぇぇぇえええええ???!』



タタッと廊下を飛び越えて九エ門君は泣きながら突進してきた。中々の威力である。

よしよしと九エ門君の頭を撫でながら、ジュンコちゃんに説明を求めると、首に巻き付いてクタリと私の肩から首をかけているジュンコちゃんは呆れた視線を向けた。



『やせ我慢をして、無理して笑顔を見せていたのは分かっていたわ。でも、だからって、なんでたった1日の間に生死の境をさまようような大事になってるのよ』

『あはは、』



生死の境なんて、大げさな、と思ったが、この時代ではただの風邪でも肺炎になる可能性がある。まして、私は高熱が出たのだ。生きていたとしても一歩間違えば、あの男と同じようになっていたかもしれない。笑ってごまかすと、ジュンコちゃんから喝が飛んだ。



『笑ってごまかさないで。しかも、数日間特定の教師と忍たま以外は立ち入り禁止になってるし』

『いやあ〜』

『九エ門がずっとそわそわしてて、大変だったのよ。小屋も壊すし』

『あらら』

『アタシも、』

『えっ?』

『アタシも、絶好の昼寝ポイントがなくなるのは本意じゃないのよ』

『あはは、そう思ってもらえるのは光栄だね』

『だから、もう、勝手にいなくなるのはやめなさいよね』

『ジュンコちゃん、…ありがとう』



心配してくれて、とお礼を言うと、ジュンコちゃんはそれには答えずに目を閉じて狸寝入りを決め込んだ。マムシなのに。

九エ門君は『心配したんだよぉぉおおお!!!』とか『無事でよかったぁぁあああ!!』とか、大声でわんわん泣いている。心配してくれるのは嬉しいが、この子、こんな感じで大丈夫だろうか。狼として。というか、



「降りてきたら?5年ろ組生物委員会委員長代理、竹谷八左ヱ門君」



天井に向かって声をかけると、ひゅぱっと瑠璃色の影が降り立った。一回転して、ボサボサの傷んだ長い髪が宙を舞う。



「気づいていたんですか」

「一応、私、感知タイプの超能力者だからね」



九エ門君を撫でながら、竹谷君の様子をうかがうと、得体の知れない人物から早く九エ門君とジュンコちゃんを引きはがしたいが、タイミングを計りかねているようだ。



『九エ門君、ジュンコちゃんも、お迎えが来たよ。私はもう大丈夫だから、今日のところは小屋に帰ったら?』



そう促すと、九エ門君は振り向いて竹谷君のほうをじぃっと見た。ジュンコちゃんも片目を開けて、竹谷君の方を見ている。「おお、九エ門、ジュンコ、帰るか?さあ、帰ろうぜ!」とにこやかに両手を広げるが、九エ門君はぐるるっと唸って、竹谷君を睨み、ジュンコちゃんは何事もなかったようにまた目を閉じて狸寝入りを決め込んだ。マムシだけど。



『ZZZ…』

『ハチキライ!ナツメイジメるから、キライ!』

「えっ、お、おい!九エ門!?ジュンコ!?」



低く唸る九エ門君と全く反応を示さないジュンコちゃんに竹谷君は大層ショックを受けたようである。南無。



「ああ、そうだ。竹谷君」

「…なんですか」



2匹にフラれたショックが思いのほか大きかったらしい竹谷君は、こちらに背を向けて体育座りでのの字を書き始めた。こんなところでいじけないでほしい。



「ありがとね」

「は?」



のの字を書いていた竹谷君は私の言葉が予想外だったらしく、素っ頓狂は声を上げた。ぽかんとした表情で振り向く。



「春を呼んできてくれて」

「ああ…、まあ、俺たちじゃどうしようもなかったんで。そういえば、あの人は?」

「えっと、…ああ、いたいた。鐘楼の上だね。昼寝してるし、監視もついてるから、多分大丈夫だよ」



春は私が催眠能力の練習をするようになってから、巻き込まれないように外出するようになった。と言っても、学園の敷地内だし、高超度の超能力者の脳を騙せるほどまだ精度は高くない。ポテンシャルはありそうだが。



「たとえそうだとしても、あの場で捨て置くことも出来たわけでしょ?私たちは君たちにとって、間違いなく"厄介事"なわけで、見捨ててなかったことにしちゃう方が手っ取り早いし異物がいなかったころに戻れるのに、君たちはそうしなかった。竹谷君が春に知らせてくれなかったら、私は多分、自分の超能力に押しつぶされて廃人になってた」



竹谷君は『あのままだったら、そんなことになってたのか』と、思ったよりも壮絶な結末にごくりと唾をのんだ。他の人はどうか分からないが、少なくとも目の前の彼の心理を読む限り、あのまま始末しておけばよかったとは思ってない。邪魔者の生きるか死ぬかの瀬戸際でとっさに助ける方に動いてしまうところも、助けたことを後悔するどころか無事だったことで安堵しているところも、多分、忍者としては未熟者だ。でも、その未熟さに私は助けられた。彼の行動に、助けられたことは事実だ。





「竹谷君、ありがとう」





竹谷君は驚いたような意外そうな表情でしばらく呆けていた。


















『というわけで、お二人さん。私がこうして無事なのは竹谷君のおかげなのだよ』

『じゃあ、ハチゆるす!』

『まあ、仕方ないわね』










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朝露のような儚い笑みだった。




















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