「で、これは何ですか」 グレーのスーツに緑のネクタイを締め、こげ茶色の髪で眼鏡をかけた男性が自分の顔を指さしながらそう言った。 「皆本光一さん、20歳、男性。9月18日生まれ。星座は乙女座。血液型はB型。身長181cm、体重67kg。内務省特務機関超能力支援研究局、通称バベルに勤める。階級は二尉。真面目かつ誠実で優しい性格だが、怒らせると危険。女性にモテるが、本人は女心をイマイチ掴めてな、」 「そんなことを聞いてるんじゃありません!!」 皆本さんがバンッと畳を叩いた。否、正しくは皆本さんに見える土井さんである。 目覚めたばかりの催眠能力は、どうもきちんと制御できていない。賢木先生に見えている善法寺君はさっきから部屋の隅で赤くなったまま背を向けている。起きた時はまるでゆでだこのように真っ赤になって、素晴らしい反射神経で土下座した。忍者すごい。「そんな隅の方で体育座りしてないで、こっち来たら?」「はひぃイ!?すみませんんんん!!!」いや、そんなに慌てなくても…。 お見舞いに来てくれたきり丸君は部屋に入った瞬間自分の知らない女の子の姿になり、普段とは違う自分の姿に戸惑っている。「これ、誰ですか?この子も棗さんの世界の人ですか?この人もちょーのーりょくっていうの、持ってるんっすか?」意外と冷静だった。 きり丸君は奇妙深そうに自分の顔をぺたぺた触っている。春はいつの間にか逃げていた。 「えっと…、名前は明石薫ちゃん。10歳。同じくバベルに所属する特務エスパーで超度7の念動能力者。ちなみに主任はその皆本さん」 「へえ、俺と同い年なんですね。髪は棗さんより長いけど、なんか男っぽいなあ」 「まあ、やんちゃで喧嘩っ早いところもあるけど、人一倍正義感が強くて優しい女の子だよ。男勝りなところもあるけど、皆本さんのことが好きな恋する乙女だしね。皆本さんがほかの女の子に優しくすると、壁に叩きつけたり、バベルの高額な機材を破壊したりしてちょっと感情的だけど、可愛らしい女の子だよ」 個性豊かな三人の女の子を思い浮かべる。薫ちゃんたちは10歳の小学生で、皆本さんは20歳の大人の男。いくら世界最強の超能力者でも、世間的には未成年で小学生なのだから子供というカテゴリーに分類される。子供扱いするなと言っても、社会的には子供なのだから仕方ない。問題は、皆本さんがあからさまに"ガキ扱い"することだ。彼女たちの主任で保護者的な立場の皆本さんからすれば、薫ちゃんたちは守るべき国の遺産であり、未来ある少女たちであり、何かと言いたくなるのも分かる。けれど、思春期の女の子の世話を焼くにはデリカシーが必要なのだ。子供だろうが何だろうが、好きな人にはきちんとレディーとして扱ってほしい。それが、女心というモノだ。 皆本さんは、そんな女心を分かってない。 「ちょっと…?」 「可愛らしい…?」 「ほんとに女の子っすか…?」 土井さんは若干顔を青くさせながら薫ちゃんを見た。善法寺君も真っ赤になっていたなのが嘘のように真顔で薫ちゃんを凝視している。きり丸君なんて、本当に女の子かどうか確かめようと特務エスパーの制服に手をかけている。いろいろ問題だからそれはやめようか。 「皆本さんにも悪いとこがあるんだよ。容姿端麗で性格も頭も良くエリートだから女の人たちにモテて、狙って接触を図る者人も多いけど、本人は鈍感でまったく気づかないもんだから、女性の扱いはイマイチでね。その煮え切らない態度にイライラするチルドレンのみんなの気持ちもわかるから。女心は複雑なんだよ」 賢木先生みたいに女性に節操なさすぎなのも困るが、あまりに鈍いのも問題だ。賢木先生の話では、コメリカニにいたころ、とある女性との交際を実は先生によって妨害されていたと気づくまでに3年かかったらしいし。皆本さんがもっとうまくやれば、薫ちゃんも葵ちゃんも紫穂ちゃんももう少し超能力の使用を控えると思う。皆本さんの疲労も1割くらいは軽減するんじゃないだろうかと思うのだ。まあ、女の人に言い寄られて頬を赤らめて慌てている皆本さんを見るのは私もあまりいい気分はしないので教えてあげないけど。 「えっ、独身なんすっか?この人」 と、きり丸君は皆本さんを指さして意外そうに問いかけた。見た目も頭もいいのにお嫁さんどころか恋仲の一人もいないなんて、ときり丸君の思考が流れ込んだ。皆本さん(中身は土井さん)は人を指さすんじゃないとその手を叩き落している。 「そ。恋人もなし」 「じゃあ、あっちの人は?」 あっちの人、ときり丸君は賢木先生(中身は善法寺君)を指さした。こっちに来たら?といったのに、善法寺君は3メートルくらい離れて正座している。それじゃあ、部屋の隅にいるのと変わらない。 「名前は、賢木修二って言ってね。腕のいい医者なんだけど、如何せん女癖が悪いものだからトラブルがたえなくて…。あ、特定の相手はいないよ。一人相手じゃ足りないんだって」 「?足りないって何が?」 「いや、余るって言ったほうが正しいかな」 「足りないんですか?余るんですか?どっちっすか?」 きり丸君はクエスチョンマークを浮かべながら首をかしげている。男の子でもまだ10歳なら見当はつかないようだ。一方で土井さんと善法寺君は何が足りないのに余っているのか分かったらしい。15歳と25歳という年齢を考えれば当たり前かもしれないが。 私は腕を組んで神妙な表情を作った。 「な、椎名さん!!」 「な、ななな、何を言うんですか!?」 「下半身の管理がおろそかな人なんだよ」 善法寺君がわーわー言いながら私ときり丸君の間に割って入った。土井さんは素早くきり丸君の耳をふさいだ。中身は違うとは言え、賢木先生の顔を見ていたらなんだかイライラしてきたものだからつい。ガキには興味ないとか言うくせに、私より年下のナオミちゃんは口説こうとするから。医者としてもエスパーとしても能力をフルに使えることが少ないから、ストレスがたまるのは分かるのだけれど、年頃の女の子で精神感応系の超能力者の上司なのだから少しは自重してほしい。 きり丸君は土井さんの手を外しながら、皆本さんと賢木先生に見える二人を見比べた。 「なんか似てますね」 「…土井さんも善法寺君もそんなに遊び好きなの?」 「あ、いや、そうじゃなくて。その皆本さん?って人と」 「土井さんと善法寺君ってそんなに鈍いの?言っとくけど、皆本さんの鈍感っぷりはそうとうだよ」 「似てますよ。土井先生は、忍者としては優秀だし男前なのに、結婚どころか女の人の気配すらないんです。善法寺先輩は、ここ最近医務室に通ってたくのたまが実は先輩目当てだってことに告白されるまで気づかなかったらしいですよ」 「な、なんできり丸がそのことを!?」 「こ、こら!きり丸!!!」 慌てる善法寺君たちに「ほんとのことじゃないですか」ときり丸君がケロッと言っているのが面白くて、私は小さく噴き出した。 ++++++++++++++++++++++++++++++ (おお、椎名殿、目が覚めたか。身体の調子はどうかの?) (………兵部、さん?) (その喋り方は、もしかして…) (学園長でいらっしゃいますか…?) 一刻も早くコントロールできるようになろうと決意した。 伊作のことは勿論乱太郎から聞いたってことで。 |