バイト先はT字路の先にあるお団子屋さんだった。 「ここが今回のアルバイト先です。おばちゃん、こんにちはー!!」 「いらっしゃい、きり丸君。今日もよろしくね」 調理場のほうへ向かってきり丸君が声を張り上げると、40代くらいの中年の女性がそう言って、暖簾をくぐって中から出てきた。ふくよかな体と柔和な笑顔が、優しげな印象を与える女性だ。 「こっちは、知り合いのお姉さんで椎名棗さんっす」 「はじめまして、椎名棗と申します。今日はきり丸君のお手伝いで参りました。こういったことはあまりしたことがないので、至らないところもあると思いますが、どうぞ、よろしくお願いいたします」 「あらあら、礼儀正しいお嬢さんねぇ〜。そんなに堅くならないで。こちらこそよろしくね。それじゃあ、二人とも、早速手伝ってくれる?」 「「はい!」」 最初の仕事は、きり丸君はお団子づくり、私は店内の掃除だ。砂埃が舞うので、先に掃き掃除だ。それから、テーブルを拭く。木製なので、台拭きはしっかり絞り、木目に合わせて手を動かす。一通り掃除が終わったタイミングで、最初のお客さんがやって来た。 お団子づくりはおかみさんと交代して、私ときり丸君が接客だ。と思ったら、きり丸君は奥に引っ込み、髪を下して女ものの着物を着て出てきた。 「きり丸君、それ…」 「棗さん、この姿の時はきり子って呼んでください」 「…なんで女装?」 「決まってるじゃないっすか!女の子の方が客受けがいいんすッよ!」 「特に、男受けがね」とニヤッと笑ったきり丸君は間違いなく商売人の顔だった。 「ずんだとごま団子ですね、かしこまりました」 「小豆ときな粉上がったよ!」 「こっちお茶来てないよー!」 「はーい!ただいまー!」 「お嬢ちゃん!こっちも注文取ってくれー!」 「はい!」 決して広くない店内で、様々な人の声が飛び交う。 三方向に分かれている道沿いにあるせいか、お客さんが入れ代わり立ち代わりやって来る。道中休憩にと立ち寄りやすいからだろう。 「ご注文はお決まりですか?」 「うーん、どれにしようかな」 「本日はよもぎがおすすめですよ」 「じゃあ、それにしようかな。お姉さんの接待付きで」 「あら」 よもぎ団子を注文したおじさんはそういって、下世話な笑みを浮かべた。 私はおじさんの肩に手を置いて、接触感応を展開する。そして、パシッと冗談ぽっくその肩を叩いた。 「そんなこと言って、身重の奥さんがいるのにこんなところで女の子引っ掛けるなんて罰が当たりますよ」 「えっ」 「それ、お薬でしょう?」 脇に置かれた袋は少し口が開いていて薬草のようなものが覗いている。 「奥さんへのお土産にお団子はいかかですか?よもぎ団子なら妊婦さんでも食べやすいと思いますよ」 「あ、ああ。じゃあ、もらおうかな」 「はい、ありがとうございます」 ナンパしてくる客もいるが、適当にあしらいながら、注文を取る。きり丸君も、パタパタと忙しそうに店内を駆けまわっている。 「いらっしゃいませ」 ふと、また一人、暖簾をくぐってお客さんがやって来た。20歳前後若い男性だ。 「あ、りっ」 「やあ、お嬢ちゃん。みたらし団子とお茶をもらえるかな」 「は、はい!」 お盆を持ったきり丸君が、その男性に目を遣って、声をかけようとしたが、それより先に男性が注文をした。 何となく、不自然に感じて窓際の席に腰掛ける男性に訊いてみた。 「きり子ちゃんとお知り合いですか?」 「ええ、よくこちらの甘味処で会ううちに仲良くなって。あ、お土産用にお団子を包んでもらえますか?」 「あ、はい。少々お待ちください」 その後、きり丸君に同じように尋ねてみたが、「り、り、凛々しくてかっこいい人だと思って!」とごまかされてしまった。 夕刻、仕事が終わり、女装をといたきり丸君と今日の売り上げの清算を終えたおかみさんが奥から出てくる。 「はい、きり丸君、棗ちゃん。これお駄賃ね、それでこっちはおまけ。今日は助かったよ、ご苦労様」 「いえいえ!こちらこそありがとうございまーす!」 「あ、お団子まで!ありがとうございます」 おかみさんに別れの挨拶をして、私たちは帰路につく。 「…あの、」 「?」 「お駄賃のこと、なんすけど…」 きり丸君が言葉を濁してチラリと私の顔を伺った。接触感応を使わなくても分かる。私は苦笑しつつ、ああ、と声を漏らした。 「お金はきり丸君にあげるよ」 「え!?ぜ、全部!?」 「うん、全部」 きり丸君はお駄賃の入った袋と私の顔を見比べて目を丸くしている。 「もともと、きり丸君のお手伝いだしね。いうなれば、私はきり丸君に雇われた身」 「あの、じゃあ、尚更、お金…」 「んー。…じゃあ、こっちを私が貰ってもいい?」 そう言って私はおかみさんから貰ったお団子の包みを掲げた。今だ、きり丸君はいいのか?と不安そうな顔をしているが、「私はお金より食べ物のほうがいい」というときり丸君はやっと承諾してくれた。実際、超能力者に糖分は必要だ。ただでさえ、最近超能力を使いまくっているし。 町を出ると、行き交う人の数もぐっと減った。茜色に染まった空を見上げる。 「お嬢さん、落としましたよ」 ぼんやりと歩いていたら、後ろからそう声をかけられ、肩に手を置かれる。 振り払おうとしたのは反射だった。 触れた瞬間に流れ込んでくるイメージ。 振り向く女。縛られる女。組み敷かれる女。泣きわめいている女。そして、動かなくなった女。 「っにげ、て、…」 「逃げて、きり丸君」そう言おうと口を開いた途端、布を口にあてられる。そして、布越しに思い切り空気を吸い込んだ。吸い込んで、気付いた。 布には薬がしみ込んでいる。 意識が遠のく。視界の端で、殴られ、膝から崩れ落ちるきり丸君が見える。 私の意識はそこで途切れた。 ++++++++++++++++++++++++++++++ (きり丸!きり丸!) (…ふ、わ…、せんぱ、) (…よかった、気が付いたんだね!大丈夫かい?痛むところは?) (…ここ、は…?) (森の中だ。あまり動くな。思い切り頭を殴られたんだ。雷蔵、きり丸を連れて学園に戻れ。皆にこのことを伝えるんだ。八左ヱ門はあの男をを連れてきてくれ。椎名の命が危ないと言えば出てくるだろ) (三郎はどうすんだ?) (私は、あいつらを探す。おそらく、この森の中だ) (なら、私が案内をしよう。彼らは森の奥の洞窟だ) |