山本さんに案内されてお風呂に入り、部屋に戻ってくると大変奇妙な光景が広がっていた。 廊下の板に灰褐色の毛並みを持つ狼が噛みついているのである。 自分が借りている部屋の前のその奇妙な光景をそのままにしておくわけにもいかず、とりあえず精神感応で狼に話しかけてみた。 『君、なにやってんの?』 『喉になんか刺さって痛いから取りたいの』 おお!会話が成立した! 普通、野生動物相手に会話が成り立つことなんてめったにないというのに。 『どれ、見せてごらん』 このままではかみちぎった廊下の破片を飲み込んでしまうし、廊下も痛んでしまうので、噛むのをやめさせて狼に触れる。透視と接触感応で狼の喉を見ると小さな異物が刺さっていた。 『取ってあげるから口開けて。喉に手を入れるけど、驚いて私の腕は噛まないでね』 狼は素直に口を開けてそのままコクコクと頷いた。大型の肉食獣だというのにその仕草が子供みたいで可愛らしい。 腕を伸ばせば届く範囲にあったので、喉に腕を入れて取り出してみると、それは小さな木の破片だった。どうやら餌箱が古くなっていてその破片が餌に混入し、気づかずに飲み込んでしまったらしい。 『餌箱の破片みたい。君のご主人様に頼んで直してもらった方がいいよ』 『そういえば喉がいたくなったのはご飯を食べてからだった。ハチに頼んでみる!』 ありがとう!と叫びながら狼は軽快な足取りでかけて行った。 ハチさん、とやらが彼のご主人様だろうか。というか言葉が分からないのに要求を伝えることが出来るのだろうか。忍者は獣とも会話できるのだろうか。 いろいろ浮かぶ疑問を、まあいっかと片付けて私は部屋に入る。 何もすることがなくてぼんやり外を眺める。暇だ…。 携帯は画面が真っ黒で使い物にならないし、話し相手もいないし、他に暇をつぶせるものもなくて大変退屈である。 天井裏に隠れている人たちはいるが彼らがおしゃべりに付き合ってくれるとは思えない。 もう一度言おう。暇だ……。 窓から見える空は綺麗な青で白い雲がふわふわと浮かんでいる。空気が澄んでいるせいか東京の空より綺麗だ。 チルドレンのみんなはどうしているだろう。皆本さんはあの3人に振り回されているんだろうな。いや、兵部さんもいれて4人だろうか。ナオミちゃんに勉強教えるって約束したのに破ってしまった。奈津子さんとほたるさんと今度一緒に買い物行こうって誘われてたのに。管理官はちゃんと仕事してるだろうか。局長や柏木さんがまた苦労してないといいけど。賢木先生は…。 私のことを覚えているだろうか。みんなが私のことを忘れていたらどうしよう…。 今朝見た夢のことを思い出して涙がじんわり浮かぶ。あんな夢を見たせいか、どうも気持ちが感傷的になっている。いかんいかん。 目元に浮かんだ涙をぬぐって顔を上げると窓から顔を出している蛇さんと目が合った。え、…蛇?体の色からして毒蛇っぽいんだけど…。え、……どうしよう。 蛇さんは大きなぱっちりとした目をぱしぱしと瞬いてこてんと首を傾げた。 その仕草は可愛い。可愛らしい、が…。 内心ちょっとしたパニックに陥っていると蛇さんはするすると窓から部屋に入ってきてそのままするする私の身体をよじ登り首に巻き付いた。ええぇ…。 『えっと、蛇さんはどうして私の首に巻き付いているのでしょうか?』 『"蛇さん"じゃないわ、アタシにはジュンコっていう名前があるの。まごへーがうるさいから静かな場所を探してたのよ。ここは空き部屋だったはずだけど人がいたのね』 寝るのに丁度いいわ、なんて暢気に言いながらジュンコちゃんは首にゆるく巻き付いた。皮膚に直接あたって首がひんやりする。あと、思ったより鱗が堅い。 『あ、はい。昨日からちょっと訳ありで忍術学園にお世話になってます。椎名棗と言います』 『そんなかたっ苦しいしゃべり方、しなくていいわよ。じゃあ、あなたが九ヱ門の言ってた人間なのね』 『九ヱ門?』 『灰色の狼よ。さっき、会ったんでしょ』 『ああ、あの狼君か。ところで、聞きたいんだけど、ジュンコちゃんは毒蛇?』 『そうよ、アタシはマムシよ』 『マムシって毒あるよね』 『そうね』 『私、マムシの血清なんて持ってないんだけど』 『アタシはむやみやたらに噛んだりしないわ』 ジュンコちゃんは片目だけ開けて私を見てそう抗議した。それは失礼しました。 謝罪すると別にいいけどね、と本当に気にしてなさそうな返事が返ってきた。クールだね、ジュンコちゃん。 『アタシも聞きたいんだけど、いい?』 『いいよ、なに?』 『何であなたはアタシや九ヱ門の言葉が分かるの?』 ………今更な質問だね。 ++++++++++++++++++++++++++++++ (ジュンコ!!?なにやってんだ??!!!) (落ち着いて八左ヱ門!気づかれちゃうよ) (あの女の方がよっぽど落ち着いてるな) 天井裏での会話。上から八左ヱ門、雷蔵、三郎 |