可憐な非日常 | ナノ




「椎名さん」



四郎兵衛君と別れて事務室へ向かう途中、名前を呼ばれて振り返る。けれど、そこには誰もいなくて不思議に思いながらも前に向き直ると目の前に土井さんが立っていた。普通に現れてよ。



「…何でしょう?」



内心悪態をつきながら尋ねると土井さんは人の良い笑みを浮かべる。



「実は、椎名さんに仕事を手伝ってもらいたいんです」

「…それは、私が関わっても良いことなんでしょうか?」

「私が監督していれば問題ないでしょう。手伝っていただけますか?」

「……私に、出来ることなら」






























「ここです」



土井さんに連れられてやってきたのは、大きな倉庫だった。壁に手を付く。煙硝蔵、というらしい。火薬の保管庫で、火気厳禁、蔵の上には火消用の水が付いてて…。



「どうされたんです?」

「…いえ、別に」



透視能力を使えば問題ないけど、これ、戸を閉めたら完全に真っ暗になるよね…。

まだ外は明るいというのに、倉庫の中は結構暗い。換気用に上の方に小さな窓が開いているが、四方20センチ程度では、十分な明かりは取れない。

懐中電灯もないこの時代に普段こんな暗い中でどうやって作業するんだろう。蝋燭?でも、火の気があるのは危ないし…。忍者だから夜目が効くのかな…?



そんなことを考えなら倉庫の中に足を踏み入れる。










 ゴトッ


ゴトッ?



背後で音が聞こえ、私は驚いて振り返る。

と、同時に視界は闇に包まれた。

更に続けて聞こえるガチャガチャという音。


……………えっ!?


「ちょ、」


駆け寄り扉を押してみるが、既にびくともしなかった。閉じ込められたと悟り、慌てて振り返る。



「土井さ、」




しかし、そこには誰もいなかった。





「おぉう………」





…誰だ、こんな子供じみた悪戯をするのは。

戸の向こうを透視してみるとこの世界の人間にして珍しい髪色の少年が駆けて行くのが見える。念のため、扉そのものを透視してみるとやはり、閉めたのは池田君らしい。手裏剣よりはカワイイ悪戯だが、それでも、やることが子供じみている。小学生か、と突っ込んだところで、年齢的には小学生だったと思いなおした。

ため息を一つついて、精神感応で春に連絡を取る。



『春!しゅーん!聞こえるー?』
『なんだよ、わざわざ精神感応で連絡取ってくるなんて。どうしたんだ?』
『煙硝蔵に閉じ込められた。出して』
『はぁあ?!何やってんだよ、お前がそんなへまするなんて、』
『うん、自分でもそう思う。だから、出して』
『…相当キてんなぁ』



ぶっきらぼうに返す私が相当苛立っていることを悟って、春は苦笑する。大丈夫。まだ最後の最後でブレーキかかってるから。子供の悪戯だって許せる範囲だから、今は。

精神感応で春に連絡を取り、一瞬にして周囲が明るくなる。景色から判断するにどうやら煙硝蔵の前に出たようだ。どうせなら部屋なり事務室なりに瞬間移動してほしかった。



「…アナタ、今、どうやって現れたの?」
「おや、ジュンコちゃんだ」



煙硝蔵の前には散歩中らしいジュンコちゃんがいた。また、勝手に抜け出してきたな。

彼女の方へと歩き出した瞬間、



バシャッ



私は一瞬にして濡れ鼠となった。ジュンコちゃんの憐みの視線が痛かった。





++++++++++++++++++++++++++++++



(ねえ、春、わざと?わざとなの?)
(いや!偶然!偶然だからっ!!)
(………)

(………あんのクソガキ)



前髪で目元が隠れ、全身ずぶぬれで口元だけがつり上がっているさまは大層恐ろしかったそうな。











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