あ、また…。 昼食の時間を過ぎて事務室へ戻る途中、気配を感じて首を右に傾けた瞬間、左耳のすぐ横を黒光りする物体がかすめた。 壁に刺さったそれを見ると、私でも知っているくらい忍者にとってメジャーな武器だった。手裏剣である。 食堂での一件から私たちへの対応はまた一段と厳しいものになった。実行犯は主に二、三年生のようだ。今朝起きたときは部屋の戸につっかえ棒がしてあるし、グラウンドの落とし穴は数を増しているし、廊下にもいくつか罠が仕掛けてある。用具倉庫に行けば閉じ込められ、プリントを届けに教室に行けば黒板消しやチョークが飛んでくるし。春がやり返さないように止めるのには骨が折れた。 見張り役は生徒ではなく教師が行っているようだ。昨日の晩から今日の昼までずっと私が歩いているところの屋根裏をぴったりついてきている。上級生たちもまたあからさまに見張るようなことはしていないが、全体で協力して誰かしら目を配るようにしているらしい。今は、床下に一人と後ろの曲がり角の陰に一人、庭の木の上にも一人いる。 着物の裾を引っ張って素手で触らないように壁に刺さったそれを抜けば、持ち主はどうやら二年生のようだ。遂には凶器が飛んできたか。 この男の子は…川西君?でも、彼がこの手裏剣の持ち主ってわけじゃないな…。痺れ薬を縫って、気付かれないようにしろよって別の男の子に渡してる。この子が持ち主か。川西君のクラスメイトで、緑っぽい髪の少年で、水泳が得意なのか。えっと、名前は…、 「棗さん」 「わっ!?」 「何してるんですか?」 「なんだ、四郎兵衛君か…。脅かさないで…」 「ごめんなさい。手裏剣持ったまま突っ立ってるから、何してるのかと思って」 ほわほわ笑う四郎兵衛君は黄色い風呂敷を斜め掛けにしている。私服を着ているが、町にでも出かけるのだろうか。 「四郎兵衛君はどこか行くの?」 「はい。校外実習で町に行くんです。いろは三組合同で」 「じゃあ、これ返しておいてくれないかな?川西君の友達でクラスメイトの池田君っていう子の物みたいなんだけど」 「三郎次ですか?いいですけど、なんで棗さんが三郎次の手裏剣を持ってるんですか?」 「廊下を歩いてたら飛んできたの。練習でもしてたんじゃないかな」 四郎兵衛君は、三郎次は手裏剣打ちの成績はそんなに悪くなかったはずなのに…、と首をかしげている。そりゃそうだ。私を狙って投げたのだから。 「あ、素手で触っちゃだめだよ。痺れ薬が塗ってあるから」 「ぇえっ?!だ、大丈夫ですか?」 おろおろする四郎兵衛君に大丈夫だよ、と笑う。 先日、精神感応他私が持つ超能力について金吾君も含めて説明したが、彼らは怖がるどころか興味津々だった。使い方を説明するたびにいいないいなと羨ましがられるため、拍子抜けした。それも、嫉妬や妬みではなく、純粋な羨望。キラキラした目で見上げられると、それなりにずるくて擦れた人間としてはなんとも居心地が悪い。 「じゃあ、これ、返しておいてね」と手裏剣を四郎兵衛君に渡す。「はい!」と返事をして廊下を駆けていく四郎兵衛を見送って、事務室へ向かって歩き出した。 それに合わせて私をぴったり監視している先生方や生徒たちがついてくる。ご苦労なことだ。 そっちが何もしなければ私たちも何もしないってわかってもらえれば、互いに余計な気を遣わなくて済むんだけどな…。 何もせずにただじっと見張られてるっていうのは居心地が悪い。いっそ尾浜君みたいにストレートに聞きに来れば…、いや、やっぱりそれはなし。 結局のところ、私たちが早く元の世界に帰るっていうのが最良なんだよね…。 |