可憐な非日常 | ナノ




遅くなったことを詫びに事務室に行ったら、吉野さんと小松田さんに仰天された。

吉野先生から「今日の仕事はもういいですから、早くお風呂に行ってきなさい!!」とのお言葉を頂いて、私はありがたく浴室に向かう。イタズラを仕掛けた子供たちへの静かな怒りと、こんな明るい時間からのんびり風呂に入っていていいのだろうかという罪悪感を胸に、湯船に体を沈めていると、浴室の外で気配がした。

お風呂から上がって脱衣所の戸を開けると、そこには、土井さんが立っていた。神妙な表情をしているから何かと思えば、先日のことで話があると言う。その前に、



「…どうか、されましたか?」
「袖に埃がついてました」



一応接触感応で確認してみる。今度は本物だ。間違いない。

さらりと嘘をついて、にこりと笑っておく。土井さんは怪訝な表情を浮かべているが、ここへ来た目的を尋ねる。さっさと用件を済ませて、帰ってもらおう。





「なんですか?」



手拭いで頭を拭きながら尋ねれば、真面目に聞けよという思念が漏れた。土井さんにとっては大事な生徒のことだし、この態度はあんまりか。



「場所を変えましょうか」

「えっ」

「大事なお話、なんでしょう」



廊下の真ん中でできるような話ではないだろう。

幸い、吉野さんには今日の仕事はもういいと言われてしまったし、私たちが借りている部屋へと二人で向かう。










「貴方方は一体何者なんですか」

部屋に入るなり座る暇もなく土井さんは問いかけた。

「随分大まかな質問ですね。私たちは超能力者です」

「っ私が聞きたいのはそういうことではないんです!貴方たちは何がしたいんですかっ!なぜ、あんなっ」

きり丸を傷つけるようなことをしたんだ



その言葉は言葉にならない。眉根を寄せて、唇を固く結ぶ。困惑、怒り、恐れ、土井さんの顔に浮かんでいるのはそんな表情だ。





「事実じゃないですか」



私は彼を見上げる。ここの人たちは総じて身長が低めだが、彼は私よりも10cmほど背が高い。



「親がいないことも故郷を失ったことも事実。そのことで変に同情されるのは嫌だってこと、土井さんだってわかってるでしょう。いや、同じような経験をした土井さんだからこそ、きり丸君の気持ちが分かると思ったんですが」



近づいて「違います?」と首をかしげる。

距離が縮まったことで、うつむいていても表情が見れる。



「それに、この世界では珍しいことでもないんでしょう。その手の不幸には事欠かない」



誰にも言っていないことを、誰にも知られたくないことを、淡々と口にする私。

土井さんは私に確実に恐怖している。

そう言えば、今ままで、いろんな人間の心を読んできたけど、相手の感情をこんなにもぺらぺらと説明するのは初めてかもしれない。



「"今すぐ消してしまいたい。自分の中のつらい記憶や消してしまいたい過去を簡単に知られることが怖い。私の口が開くたびに、何を言われるかと体がすくむ。子供たちに知られる前にその喉に苦無を当てて、二度と言葉を発しないようにしてしまえたら"」

「…っ」



内心を言い当てられて、彼は言葉が出ない。



「私のことが、そんなに怖いですか?………なら、今すぐ殺せば良いでしょう?…今までと、同じように」



近づいて、土井さんの手を握る。



『その手で害になる人間をたくさん仕留めてきた。土井さんは私もそのうちの一人だと判断しただけのことです』



そして、頭の中に直接話しかける。防ぐ術などない。



土井さんは私の手を振り払い、後ろから首元に苦無を当てる。

もしここに、春がいたら、いつかのように位置を入れ替えることで形勢を逆転できるのだが、生憎、あいつはあの日から毎夜どこかへ出かけている。



「やめろっ!それ以上何も言うなっ!!!」



『あの子たちには自分が忍びとしてしてきたことを知られたくないんだっ!』

『少なくとも、今はっ!』

『血なまぐさい現実など、知らなくていいなら、』



苦無を通して、土井さんの思いが流れ込んでくる。

この人は、忍たまたちを一年は組の生徒たちを大切にしているのだな、と思った。あの子たちはこんなにも愛されている。



くるりと振り向いた。

苦無が喉をかすめ、血がつぅっと流れ落ちる。

土井さんは慄いて、苦無を取り落とす。



「土井さんは、…優しいですね」





優しくて真面目で、血で汚れた自分が子供たちに何を教えられるんだと悩んでる。


社会の暗部に関わる任務や、命の危険のある任務はなるべくさせたくないと思っているが、忍びとして、あの子たちにいづれはそういう仕事もしなければいけない日が来ることも理解しており、苦悩もしている。

そういうところ、本当にそっくりだ。



私は、ぐっと背伸びをして顔を近づける。





ああ…、この人は…。

………やっぱり、よく似てる。



真面目で優しくて、あの子たちを大切に想っている。



そういうところが、私は、

胸に手を置いて目をつぶり、土井さんの右耳に唇を寄せる。



「好きですよ」










手を下して、目を開けるとそこには土井さんの姿はなかった。透視能力で彼の行方を追うことも出来るが、そこまでするのも野暮だろう。




さて、

紙と筆を置いて私は机に向かった。










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翌朝

(あれ?掲示板になんか貼ってあるよ)
(なになに…"池田三郎次はいつも一年は組をからかっているが実は可愛くて仕方ない")
("漁師の息子で水遁の術が得意だが入学前はカナヅチだった"とも書いてあるよ)
("3年のくのたまに告白したが、「年下はちょっと…」と振られた"んだって。えー、池田先輩かわいそう…。年齢なんてどうしようもないのに…)
("鉢屋三郎は黒木庄左エ門の茶菓子を勝手に食べておきながら尾浜勘右衛門にその罪を擦り付けた"ってあるけど、そんなことがあったの?)
(元々委員会のみんなで食べるつもりだったから何も言わなかったんだけど、あれ、鉢屋先輩だったんだ…)
("大人っぽくて色気のある人が好みだと言っているが、実は騙されやすくて純粋な子が好きである"だって!)
("初恋は同じ村の幼馴染"とも書いてあるよ!その人なら鉢屋先輩の素顔知ってるかな?)
("上級生の忍たまに変装して女の子をお茶に誘って誰の姿が一番誘いやすいか試したことがある"って書いてあるよ)
(へー、結果は?)
(書いてない)

(何をしているんだ?)



ある意味公開処刑

発見したのは1年は組。声をかけたのは山田先生ってことで。










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