可憐な非日常 | ナノ




(chouzi side)



それは、図書室で当番の仕事をしていた時のこと。

図書カードの整理をしていると図書室の扉ががらりと開いた。今日は、午後から授業がないのは六年生だけのはずだが、同級生の誰かが本を借りに来たのだろうか。

入口の方を見るとそこに立っていたのは意外な人物だった。



「こんにちは」

「………椎名、棗、…さん」



思いがけない人物だったせいで不自然な名前の呼び方になってしまった。

異世界から来たと言う不可思議な力を持つ女性。

椎名棗は本棚に手をついて目を閉じた。しばらくすると、「ここはないか…」とつぶやき、次の本棚に移動してまた手をついて目を閉じる。今度はすぐに目を開けて一つの巻物を手に取った。「………違うか」何を探しているのだろう。次に移動した書棚では続き物の書物を手に取った。だが、読むわけではなく表紙に手当てて先ほどのように目をつぶっている。数巻あるその本を取り出しては表紙に触れて、また戻すという作業を繰り返しつつ、「ただの事故?」「いや誘拐?」「…これは、行ってみないとわからないか…」とぶつぶつ言っている。中身を見ずに内容がわかるのか。あれが彼女の使う妖術、………いや、彼女たち曰く、超能力、か。

彼女が手に持っている本は確か、陸奥国の民話や伝承をまとめたものだったはずだ。調べに行くつもりだろうか。



「………それはやめた方が良い」



少し迷って声をかけるが、もともと自分の声が小さいせいか、それとも集中しているからか、彼女には聞こえていないようだった。

他に利用者もいないし、大丈夫だろうと図書カードを机の上において立ち上がると、彼女の背後から再び声をかける。



「………行くのは、やめた方が良い」

「わっ、びっくりした…。えっなに?」

「…………行くのは、やめた方が良い」



再度、その本を指さして言うと、彼女も私の言いたいことが理解できたようだ。



「さすがにいま、そんな無謀なことはしないよ」


彼女は一瞬驚いたような表情をした後、苦笑してそう言った。

監視対象として忍術学園に身を置いている彼女に外出許可が降りるとは思えないし、勝手に出ていこうものなら学園の先生方や上級生たちが黙っていない。小平太は彼女のことを怪しんでいないようだが、他の級友たちは違う。

それに、彼女と早蕨という男も一般人と比べても線が細く、筋肉もない。彼女たちが陸奥の厳しい寒さに耐えられるとは思えない。



「…賢明な判断だ」

「ところで、午後の仕事までここで本読んでてもいい?」

「……かまわない」



私の許可を確認した彼女は礼を言って書棚から一冊の書物を取り出した。先ほどの様子からして伝承や民話の類かと思いきやそれは意外にも物語だった。

源氏物語だ。



彼女は教室の隅に腰を下ろすと壁にもたれて書を開いた。

自分も定位置に戻り、委員の仕事をしながら彼女を観察する。










とても、静かだ。



一枚一枚、紙をめくる音だけが図書室に響く。





しばらく見ていたが、特に不審な動きはなくただ本を読んでいるだけだ。



「名前は似てるけど、性格は全然違うな…」とつぶやいて、苦笑して文字の書かれた紙を愛おしそうに撫でる。

名前…?光源氏や葵の上を始めとする女性たちのことだろうか?

源氏物語を読む彼女の表情は今までとは全然違った。

冷静で淡泊で他人と一線を引き、どこか危険で触発しそうな危うい雰囲気はなりを潜めている。





最初に庵で学園長と対峙した時とも仙蔵たちをあしらった時とも違う。



源氏物語を読む彼女は、穏やかで儚げな、優しい笑みを湛えていた。











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