可憐な非日常 | ナノ




午前中に事務室と庵を掃除して今は昼過ぎ。

ピークを過ぎた食堂は遅い昼食を食べている忍たま数人と土井さん、そして洗い物をする私とテーブルを拭いている春だけだ。食堂のおばちゃんは食材の買い出しに出掛けている。

忍たまたちからの視線を除けばここはそれなりに居心地はいいが、それでもここは私たちが居るべき場所ではないのだ。



『帰る方法、早く探さないとなぁ…』

『とりあえず図書室にでも行ってみるか?』

「………心の声に返事しないでよ」

「お前が漏らしたんだろ」



びっくりするではないか。

最近は無意識に他人の感情や思考を受信することはなかったのだけど、いいタイミングで心の声に返事が返って来たから口に出していたのかと思った。

布巾を持ってカウンターにやって来た春が台所の方へ身を乗り出す。



「けど、なんで図書室?」

「一応俺たちはここに身を置いて監視されている身だからな。幽閉とまでは行かなくても、行動は制限されるしその中でまず出来ることをしておくのは当たり前だろ」

「珍しいね、春がこういう状況で実力行使に出ないなんて」

「…別に」

『心配しなくても私は元気だよ。ストレスでやられるような繊細な神経も持ち合わせてないし』

「そんなんじゃねぇ!!」



照れ隠しにいきなり怒鳴った春にぎょっとした生徒や教師たちがこちらを振り向くが私はふふっと軽く笑って、洗い終わった食器類を布巾で拭く。

心配してるわけじゃないとか、俺はそんなに甘ちゃんじゃないとか、心の中でぶつぶつ言っているがそれは気付かないふりをした。



「図書室に行くならおれが案内しますよ」



会話に入って来た第三者の声にカウンターの向こうを覗くとお盆を持ったきり丸君がいた。



「いいの?」

「はい!おれ、図書委員なんで!もちろん後で案内料を…」

ごんっ!

「いってぇ!!」
「ったく…」



きり丸君が目を銭にして輝かせたところで、同じくお盆を持った土井さんがその頭に拳骨を落とす。その衝撃できり丸君が落としかけたお盆を春がすかさず瞬間移動でカウンターの上に置く。涙目になって頭をさするきり丸君に触れて接触感応を展開する。

きり丸君と土井さんの関係がチルドレンと皆本さんに似てるなぁと思ったことはあるが、皆本さんがチルドレンにこんな事したら抹殺されるな。兵部さんとか局長とかに。あと本人たちにも。間違いなく瀕死だ。



「結構な衝撃だったみたいだけど、瘤にはなってないね。大丈夫?」

「気にしないでください。いつものことです」



未だ痛がるきり丸君からの返事がない代わりに、土井さんからため息とともにあきれたような返答が来た。私は苦笑しながら、カウンターの向こうに身を乗り出す。



「きり丸君、案内料の代わりにアルバイト手伝うよ。前にした約束も果たせてないしね」

「バイト?10歳の子供がか?」

「きり丸君は戦災孤児なんだって。学費を稼ぎながら忍術学園に通ってるんだよ」

「へえ、それは幸運だったな」

「だよねぇ…」



居場所があるだけラッキーだよなぁ、私も早く帰りたいと思いながら食器を拭く。身を挺してかばうくらい愛されていたんだから、きり丸君は幸せ者だ。



「おい!何言ってやがる!!」



だんっとテーブルを叩いて立ち上がったのは食満君だった。前に座っている善法寺君が食満君を止めようとおろおろしているが、食満君は止まらなかった。戦で親を失った子供になんてことを言うんだと内心憤っている。まあ、こんなところでする話じゃなかったか。



「そだね、ごめ…」
「あ?」



ちょっ、春!メンチ切らないで!!

振り向きざまに睨んだ春はそのままツカツカと歩いていき、食満君の前に立った。



「故郷を焼かれて親を失ったことの何が幸運だって言うんだよっ!!全部失ってそれでも前向きに生きてるきり丸の前で言うことじゃねえだろっ!!」

「お前こそ、知った風なこと言ってるが、こいつの何が分かるっていうんだ」



春は口調は冷静だが、内心は相当ヤバい。切れかかっている。食満君も頭に血が上っているのか、春の胸倉を掴みあげだ。



「お前に言われる筋合いはねえ!お前らみたいな化け物に親を失った子供の気持ちが分かるかっ!!」

「ああ゛?分からねえなそんなもん。大体お前らこそ、」





「はい、そこまで」

「おい!何すんだよっ!!!」
「棗、止めんな」



2人の間にお盆を振り下ろして待ったをかける。人は少ないとはいえ、こんなところで喧嘩になっては後々面倒だ。



「そこまで。春、薪割り行って来てくれる?」

「邪魔、すんなよ」

「薪割り、行って来てくれるよね」



にっこりと有無を言わさぬ笑みを浮かべれば、春は渋々と言った様子で瞬間移動で消えた。相当キてたようだし、今晩は帰ってこないかもしれない。



「おい!何なんだよあれは!」
「何って、何が?」

「きり丸の前であんなこと言うなんて無神経にもほどがあるだろっ!お前らには人の気持ちってもんが分からないのかよっ!!」

「分からない」

「…はぁあ?」



怪訝な表情をする食満君。確かに普通なら親と死に別れた子供にかける言葉なんて相場が決まっている。普通、なら。

台所に戻りながら私は聞こえなくてもいいくらいの思いで呟いた。だが、そのつぶやきはしっかりと忍者の耳には届いたようだ。



「分からないよ、私たちには。特にあの子は正直だから、嘘でも親と死別した子供に寂しいねとか辛かったねとか言えないんだよ。そんな気持ち、理解できないから」

「なん、だよそれ…」

「けど、言い方はまずかったと思う。ごめんね、きり丸君。嫌な思いさせて」



俯いていたきり丸君の頭を撫でると、びくりと肩が震えた。

それでも、私を気遣ってか、ふるふると首を振る。気丈な子だと思う。



「でもね、世の中にはいろんな人がいるんだよ。親がいなくて寂しいと思う子がいれば、親がいなくなって安心する子供もいるし、命を張って子供を助けようとする親もいれば、ただの道具としてしか見ない親もいる。すべての親が子供に愛情を持っているわけじゃないし、子供は親に無条件に愛されるわけじゃない」



少なくとも、私たちはそうだった。

気まずい雰囲気が食堂に漂う。



「だからね、食満君。そんな子供に親がいなくて辛い思いをしてる子供の気持ちを分かれっていうのも十分無神経じゃないかな」










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(今、私はどんなカオをしているのだろう。)














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