可憐な非日常 | ナノ






「しっつれいしまーす」



「…何か」



突然部屋の戸が開かれ、づかづかと入って来たのは瑠璃色の装束を着た少年だった。…名前なんだっけ?



「ジュンコ、来てません?また逃げ出しちゃったみたいで」



ジュンコ。ジュンコちゃん。毒蛇の。

確か、彼女から聞いたような……………あ、思い出した。



「…尾浜君」

「もう名前覚えたんですか?すごいですねー」



にこにこしながら裁縫をする私のもとへにじり寄って来る。

思考を読んでみると、ジュンコちゃんを探しに来たと言うのは嘘で、本当は私のことを探りに来たようだ。



「初めて見かけた時から思ってましたけど、お綺麗ですね」

「………はい?」

「肌も白いし、傷一つないし。それでいて土井先生に啖呵を切ったり、俺たちの視線や言動にも物ともしない気丈っぷり、本当にくノ一じゃないんですか?」

「…喧嘩売ってる?」

「お慕い申し上げております」



うん、会話になってないね。

尾浜君はスラッとしてて背が高いわりに肉付きはいいし、この辺とか、といいながら脇腹に手を伸ばし、するっと撫で上げる。尾浜君の指が胸に当たり、一瞬ぎょっとする。左手を腰に回し、右手で髪を透かしながら、短いのによく手入れされてて指通りいいし、それにいい匂いもすると首筋に顔を押し当ててすんすんと鼻を動かす。

お慕い申し上げております、と丁寧で硬派な台詞を吐いたわりに言動はかなり軟派だ。

おいおいおい…



「夕方まであの男の人は戻られませんよね?じゃあ、それまで二人っきりですね」



今朝の会話、聞いてやがったのか…。

わざとらしく耳元に口を寄せて囁く。ぞわりと腰に来るが、そんな素振りを出したら負けだと突っぱねる。



「…尾浜君、年上をからかうもんじゃないよ」

「え、見えないですよー。おいくつですか?」

「………18」

「俺より4つも年上なんですね。じゃあ、良い人がおられるんですか?あ、もしかして同室のあの人とか」

「…違うよ。毎晩監視してるんだから知ってるでしょ」



どんどん話がずれていく。

尾浜君は、ありゃー、気付いてましたかー、とお道化て笑ってる。

そうしている間も腰に手を回して、唇がくっつきそうなほどの至近距離でニコニコ笑ってる。

14歳の男の子ってこんなんだっけ…。賢木先生じゃあるまいし、マセガキにも程があるんじゃなかろうか。

明君はもっと純情だぞ、多分。



「…君がどんな手を使ったって今以上の情報は出てこないと思うよ。あの日、庵で話したことがすべてだから」


「あ、気付いてました?でも、そのためだけにわざわざ危険を冒してきたわけじゃないですよ」



今日は一日部屋から出る予定はなかったから、寝間着用の着物から着替えた特務超能力者の制服を着ている。上着のボタンに手をかけて何これどうやってあけるの、なんて言っている尾浜君。
借り物の事務員用の忍び装束を着てなくて心底よかったと思ってる。でも、下半身はやばいかもしれない。

肩を押され、視界が変わる。ちょ、縫い針が…!危ないから!!

天井の木目を背景に胡散臭い笑顔を浮かべた尾浜君が視界いっぱいに広がっている。



「美人が居るからヤりたいと思うのは普通じゃないですかー」

「うん、意味が分かんない」

「全然抵抗しないんですね。もしかして期待してました?」

「ちょ、退いて退いて!近いから!」

「俺ついてるなあ、こんな綺麗な人とヤれるなんて。大丈夫、優しくしますから」

「こらこら!冗談になってないよ!」



冗談なんかじゃないですよー、と言いながら、両手を押さえつけられて首元に顔を埋められた。首筋にぬるりと生暖かい感触。反射的に投げ飛ばしそうになるのを必死でこらえて、接触感応と精神感応をフル回転させる。



「…『この人に脅しは聞かないだろうし、男を意識させて近づいて情報を得るのが一番成功率が高そう。親密になればそれだけ色んな情報を得られるだろうし、俺は性欲処理できるし、一石二鳥だよねー』………正直すぎていっそ清々しいね」



色仕掛けで情報を得るという事はそれだけ濃厚な情報を得やすい。それは分かる。分かるが、もうちょっとやり方があるだろう。

思考を言い当てられた尾浜君は大きな丸い目をぱちぱちと瞬いた。子供ながらにオスの顔をしていた者と同一人物とは思えないようなあどけない顔であはは、ほんとに思ってることが分かるんだねーと笑いながら離れる。



「…意外とあっさり引くんだね」

「こっちの思惑ばれてるんじゃ、色仕掛けの意味がないからね。なに?してほしかったのー?」

「んなわけあるか」

「あはは。…そういえば、部屋の前におにぎりと団子が置いてあったよ」



はい、と言いながら、何処に持っていたのかお盆に乗ったおにぎりと団子を差し出した。

皿の上におにぎりが3個と団子が一本。おにぎりは春が食堂のおばちゃんに頼んでくれたものだろうけど、団子は覚えがない。皿に触れて接触感応を展開する。……………なるほど、そういうことか。



「…その団子あげるから、さっさと出てって」

「あらら、俺、警戒されちゃってる?」

「さっさと行け」



軽口をたたく尾浜君を睨んで追い返す。この程度は物ともしないことは分かっているが(さっき性格や趣味嗜好も読んだため)、彼は団子をあっという間に食べるとごちそーさま、と言って天井裏に消えた。

普通に出ればいいのに。



あの快楽的で愉快犯的なところはどうもムカつく…。



おにぎりを食べながら彼の生意気な態度に対するムカつく気持ちも一緒に飲み込むのだった。





++++++++++++++++++++++++++++++



(あ、もう食ったんだな)
(おばちゃんにおいしかったです、ごちそう様って伝えといて)
(この串は?)
(団子の串だよ、痺れ薬が入ってたけど)
(は?!え、どうしたんだよ!?)
(どうもこうも処分したに決まってんじゃん。後で川西君に薬の無駄遣いだからやめた方が良いよって忠告しといて)
(お前…はあ、…ってか誰だよ川西って)



さらっと毒団子を勘右衛門に食べさせるヒロイン。致死量は入ってないので大丈夫です。








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