可憐な非日常 | ナノ




紙、結構使っちゃったな…。

掲示板に張り終えて、部屋に戻って来ると辺りはすっかり暗くなっていた。お風呂から帰ってきた時は日が沈む前だったから、結構時間が経っていたようだ。吉野さんから新人の職人さんが失敗したのを安く買ったものだから好きに使っていいと言われたけれど、流石に使いすぎたかもしれない。この時代は手漉きだし、紙以外も手間がかかって作られているのだからその辺は自重しなければ。

戸を開けて中に入る。今日も監視が付いているのだろうか。

透視能力を使ってみる。



あ、今は誰もいない。………ああ、ここ最近は春の行方を追うので必死なのか。

でも、多分、春は学園の敷地内からは出ていないと思う。どこかの屋根の上にいるはずだ。変に律儀なところがあるし、春なりに子供を傷つけたことを反省しているんだろう。パンドラは平均年齢が低いから、忍たまの下級生と接しているといろいろと複雑なのだ。パンドラでは"面倒見の良いお兄ちゃん"をしているみたいだし。





借り物の寝間着用の浴衣のまま部屋の外に出たせいか、少し寒い。特殊素材で作られた特務超能力者の制服が恋しい。この世界では鎧としての様々な防御効果はなくなっているらしく、普通の服としてしか機能しない。

浴衣の上から制服の上着を羽織り、壁に左肩を預けて座る。

部屋の窓から外を見上げると、月がかかっているのが丁度良く見える。今日は月見にぴったりな満月だ。窓枠にあつらえたように納まって、一枚の絵のようだ。





ぼーっと外を眺める。多分春も私みたいにどっかで月を眺めているに違いない。………、あ、見つけた。鐘楼の上だ。



「こんなに綺麗な月を見るなんていつ以来かな…」

「君の世界では月は見えないのかい?」

「余計な光が多くてこんなに冴えた月を見るのは、」



初めてかも、と言いかけたところで私の独り言に応答したのは聞き覚えのない声だったことに気づく。





体を起こそうとしたところで後ろから動きを封じられ、左手で両手を後ろ手に捕まれ、右手に持った短刀を首にあてられた。



「どちら様ですか?」

「曲者だよ」



曲者って、…自分で名乗るもの?



接触感応で探ってみるが、この人も大川さん同様読みずらい。

とん、と自分の背中を曲者の胸に押し当てる。感覚からして、結構鍛え上げられた男性の胸板だ。男は私の行動が予想できなかったらしく、反射的に一歩下がる。その隙をついて、手を振り払い、上着の内ポケットに入れていたスタンガンを取り出しつつ、半回転。襟首をつかみ、男に馬乗りになる。

若干動揺しているのか、さっきよりは情報が取れそうだ。





名は雑渡昆奈門。タソガレドキという城の忍軍の忍び組頭。36歳。 9年前に火災に巻き込まれた部下を自ら炎の中に飛び込んで救出した際に酷い火傷を負い、装束から見えるわずかな肌の部分すらも包帯で覆っている。 優れた聴覚を持ち、忍者としての腕もたつらしい。

動揺していても、右手の中の短刀は手放されていない。その手が動く前に左手で右手首を畳に縫い付ける。腹の上に尻を乗せ、全体重をかけて、包帯と覆面で片方しか見えていないその目にしっかりと見えるように、スタンガンを眼前に持ってきてスイッチを入れる。バチバチッと電気が走り、雑渡さんが息を飲むのが分かった。

この時代、電気などないし、何に使うからわからないからだろう。何をする道具なのか、人体にどんな影響を与えるのか、必死で可能性を考えている。ただ、この状況では、少なくとも攻撃目的の道具だと思うはずだ。





「何が目的か、吐いてもらいましょうか」



スタンガンを首にあてて、にこりと笑う。



『忍術学園に異形のモノが突然やって来たというから暇つぶしがてら様子を見に来たんだが、これは掘り出し物を見つけたかもしれないな』



異形って普通とは違う怪しい形や姿をしていることだっけ…。見た目は普通の人間だっつうの、失礼な。っていうか、掘り出し物って。人をオモチャみたいに。

自然と眉間に皺が寄る。



「君、肝が据わってるね。女にしておくのは勿体ないよ」

「…女は度胸、が身上なんで」

「普通は愛嬌じゃないのかい?」

「たまには愛嬌も使いますよ」

「使う、か…。いいね、そういうの。気に入ったよ」



雑渡さんはそう言って、手に握っていた短刀を離した。

左目以外隠れているから分かりにくいけれど、多分笑ってると思う。この人ちょっと兵部さんと似てる。





「ところで、何時までもそんな体制でいられると、おじさん、君に悪戯しちゃうよ」

「は?…ちょ、」



私の意識が雑渡さんから離れたのが分かったのか、彼はすぐさま体を起こし、そのまま私は押し倒された。仰向けに寝かされ、腰の当たりに雑渡さんが座る。完璧に形勢逆転されてしまった。さすが忍者、お見事。



「君のその服も、その道具も初めて見る。君は一体何者なんだい?」

「…異形、ですよ」



先ほど読み取った情報から、そう答えると雑渡さんはパチパチと瞬きをして、瞳が弧を描く。

「面白い子だね、うん、やっぱり気にいたよ、君の事」



そして、着物の隙間から手を入れ肌を滑り、胸をやんわりと揉む。さらに、腰を浮かして、膝で器用にも裾をめくり、すすっと内腿を撫でる。外気に晒された肌を、忍び装束越しに、ゆっくりと撫で上げ、そして、下着越しにぴとっと膝をくっつける。










………"気に入った"って、そういう意味?!



「おじさん、君みたいな気の強い子を鳴かせるの、結構好きなんだよね」



顔を近づけてそんなことをのたまう親父に思いっきり頭突きを繰り出した。が、避けられて雑渡さんは距離を取る。ちっ。



「ちょっとちょっと、危ないじゃない」

「私の身体はそんなに安くありませんよ」

「あらら、機嫌損ねちゃったみたいだね」



雑渡さんはお道化たようにそう言うと短刀を懐にしまってハンズアップの仕草をした。私は、乱れた襟と裾を直し、スタンガンを拾い上げる。

「それ、なんて道具?」「スタンガンです」「ふーん、何に使うの?」「変態を撃退するのに使います。試してみますか」バチバチ「遠慮しとくよ」「ねえ、君、うちに来ない?」「遠慮しておきます」「はは、残念。また来るよ」と言いながら消えた雑渡さんに「もう来るな!」と叫んだが、聞こえているかどうかは定かではない。



尾浜君といい、雑渡さんといい、最近こんなことばっかりで、頭が痛くなってくる。ああ、ほんとに痛くなってきた。





はあ、と一つため息をついて窓の外に目を遣る。

見上げた夜空は星々が瞬いていて東京の真っ黒い空とは全然違う。反対に忍術学園の長屋には明かりの一つもついていない。東京ならビルの明かりなり街灯なりがあって夜でも明るい。ここは完全な闇だ。



超能力のない世界。先生たちが居ない世界。





壁にもたれてぼんやりと外を眺める。










帰りたいなぁ…。









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