*プロローグ
コノ盃ヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミ灌ガセテオクレ
花ニ嵐ノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ。 井伏鱒二「勧酒」
*****
外から、喧騒が聞こえる。
悲鳴や、怒声や、何かが呻く声がする。
だがそれでさえも、血が抜けきり痺れきった体の一部である耳には、ほんの微かにしか聞き取れない。
その代わり、必死に生きようと足掻く心臓の鼓動ばかりを強調する。
彼らは、無事ゲートまでたどり着けたのだろうか。捲簾は、三人と合流できたのだろうか。
またな、と呟いた彼の声が甦ってきた。
私も……早く彼らと合流しなければ。
その意思とは裏腹に、脇腹からはまだ出るのかと驚くほど血が流れ続けている。
体も全く言うことを聞かず、ただ薄暗い瓦礫の中で粗い息を吐くことしかしない。
ここで、死んでしまうのだろうか。
頭は相変わらず痺れてまともに働かないが、自分がもう長くない事をぼんやり受け入れ始めていた。
目を閉じれば、彼らの姿が頭に浮かぶ。
元より成功する確率は限りなく零に近かった。
皆揃ってなどなおのことだ。
だがそれでも、誰一人諦めてなどいなかった。
「大……丈夫……だよ……」
脳裏で甦るのは、最後に見た悟空の不安そうな表情。
そんなあの子の背を押す、天蓬の白衣。
そして──。
次は下界でと背を向けた、金蝉の長い金糸の髪。
諦めるなど、できるわけがない。
「ちゃんと……傍にいるから……ね」
耐えきれず再び瞼を下ろしながらも、そう絶え絶えに呟いた声には、力強い響きが籠っていた。
『お前は誰かの太陽でいられるか?』
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