会いたくて | ナノ


-ふたりのその後- 幸せのかたち


「忙しい時に来ちゃいましたか?」

そうシズネの去った方を見やる沙羅の気遣いに、俺はまるで他人事のように大丈夫だよと告げた。
本当は大丈夫ではないことなど火影室の有様を見れば一目瞭然ではあるが、ここは私情を優先させて欲しい。
沙羅と気持ちが通じ合ったあの日から、なるべく同じ時を過ごしたいと一休に通ったりもしたが、いかんせん火影は激務である。
会おうにも限度があったのだ。その上あちこちから見合いの話が飛んでくるようにもなって、頭を悩ませていた。
別に隠そうと思っていたわけじゃなかった俺は、ある日"いいひとがいますので"なんて断ったら次の日には嵐のようにやってきていた見合い話がぴたりと止んだのだ。最初からそう言っとけば良かったと思ったりもしたが、実はその裏で俺のいいひとが沙羅だと調べ上げた輩が沙羅の元まで押しかけるという事件があったりもした。
巻き込んでしまった沙羅に対して申し訳ないと頭を下げに行けば、いつも通り陽だまりのような微笑みで「カカシさんと一緒にいるためだから、大丈夫です」なんて殺し文句をお見舞いされた。勿論俺は即刻白旗を振ることになり思わず一休の店先で白昼堂々沙羅を抱き締めるという暴挙に出てしまったのだ。
けれどこれが功を奏したのか沙羅の元へ押しかける輩は灰が吹き飛ぶように消えてなくなったのである。
とはいえまた何に巻き込んでしまうか分からない状態。だからこそ少しでも一緒にいられる時間はあるに越したことはない。そんなことを思っていた俺の気持ちが伝わりでもしたのか、沙羅がおずおずと声を上げたのだ。

『あの、カカシさんにお弁当を届けてもいいですか』と。

願ったり叶ったりもいいとこだった。沙羅を危険な目に、不快な目に合わせてしまうかもしれない確率を減らすことができる。それは何よりも今俺が望むものだった。
しかし沙羅がお弁当を届けてくれるようになって得られたのはその確率が減るということだけではなかった。
何より俺が一番幸せを感じていたのである。
沙羅を危険な目に合わせないように。それが勿論一番だか、実のところ一緒にいられる時間の確保や真っ白なお米を使ったおむすびのお弁当に舌鼓を打つ。それは俺が手に入れたいと願っていた幸せのかたちそのものだったのだ。
だからこそ激務がたたり沙羅に会えない日々が続き、その笑顔に癒されずナルトのようにカップ麺が続いた日には、放牧された牛のような鳴き声とも溜息ともつかぬものが溢れてしまうのは許してほしかったりする。
近頃のシズネはそんな俺の扱いにも慣れたのか沙羅の名を出すことで火影の手綱を上手い具合に操っていたりするから五代目が手元に置いていた意味も分かる気がした。

「カカシさん、今日は……というかいつもと同じで申し訳ないんですが、おむすびとお味噌汁に筑前煮を煮てきました」

そう言って来客用の机にせっせとお弁当を広げはじめる沙羅の見慣れた後ろ姿。
それが何故か今日はやけに愛しく見えたりした。
きっと激務と積み上がる書類に埋もれて癒しが足りなかったせいだと自己解釈を入れる。
ふふふんとなんの歌かもしれない鼻歌が聞こえてきそうなほどに上機嫌な沙羅は、きっと気持ちの良い天気だからなんて言いだしそうだった。
そっと立ち上る味噌汁の湯気にお米と味噌の甘い香りが相まって鼻先を掠める。
沙羅の一つに括った毛先がさらさらと揺れる度に、あぁ俺は今幸せだと奥歯がぐっと締まり溢れ出す愛しさにそっと手を伸ばしていた。

「……わっ!」

背後から伸びてきた腕にびっくりしたのか、沙羅がふらっと蹌踉めく。それを待ってましたとばかりに腕に収めてしまう俺はずる賢いのかもしれない。そんなことを思いながら、沙羅の首筋へと顔を埋めれば着物の底に染み込んだ一休の甘じょっぱいタレの香りが肺を満たした。

ふふふ。

身を捩るとか、抗議の声が上がるとか。そういう反応が返ってくるの思っていた俺は、沙羅の微かに揺れる肩と笑い声に瞳を上げた。

「なんで笑ってるの?」
「ふふっ、今日は甘えん坊さんだなーって思って」

そう言いながら準備を終えた手が俺の頭をそっと撫でていく。まるで幼子をあやす母親のように。

「俺沙羅の前だとかっこよくいられない自信があるんだよね」
「そうなんですか?いつもかっこいいと思いますよ。あ、ガイさんとやったお団子早食い競争の時はかっこいいというよりも可愛かったですけど」
「いつの話よ、それ」

くすくすと俺を揶揄う上機嫌な沙羅の笑い声と、絶え間なく撫でられる手の心地良さが俺の幸せのかたちに一層の彩りを添えていく。

「さ、カカシさん。お弁当食べて、午後も頑張りましょう!」

そっと離れていく手が一人ガッツポーズを決める姿に思わず笑みが溢れる。
沙羅の首元で笑えば今度こそ擽ったさに身動ぎしたのか、少しばかり頬を染めて抗議の視線を送ってきた。
その反応に優越感を覚えてしまっていた俺は離れてやる素ぶりをして、露わになっている頸にちゅっと口付けた。それが沙羅の恥ずかしさからの猛抗議を呼ぶことは想像に難くなかったが、そんな風に頬を染めて膨らませる姿も可愛いな。なんて思ってしまうあたり、俺の幸せのかたちは随分と変幻自在らしい。
胃を満たしていくおむすびの変わらぬ味に、胃袋は掴まれてしまっているなと山積みの書類と沙羅の温かな微笑みに囲まれて思うのだった。