小説 | ナノ

いた花は、



彼はいつも、誕生日を祝わせてくれない。

「沙羅はシカマル先輩にあげるプレゼントもう決めたの?」

その会話は甘味屋であんみつを突いている時のこと。いつもの調子で馬鹿話に花を咲かせていた時に唐突にも始まった。
いつもの面子。今時の女の子っぽく一つ話題を挙げれば、あれよあれよという間に膨らんでいく。愚痴に恋話なんでもござれ。
お喋りできればそれで良い。女の子とは得てしてそういう生き物である。
シカマル先輩への誕生日プレゼント。
この話題も、そんな中の一つだった。
任務後の甘味という至福の時間に始まったその会話に、私は頬を引きつらせて会話に乗じる。

「うーん、まだ」
「え?!まだ決めてないの?誕生日もう明日だよ」

驚く友の顔を見ながら、そんなことを言われてもとあんみつを突く。
どうせ今年も、誕生日のプレゼントは受け取って貰えないのだ。
シカマル先輩の部下として任務をこなすようになって早数年。親子ほども歳が離れてはいないが、それなりの歳の差がある私たちの年代にとって、彼は火影様の右腕的存在であり憧れの対象だった。始めて彼の指揮を真直で感じた時は、正直寒気がした。と同時に、仲間が全員無事に任務を終えた時に見せる笑顔に胸を打たれたのも正直なところ。
この人の身の毛もよだつような綿密な作戦。それは全て仲間を守るためのもの。
そう理解した頃には、胸に巣くう微かな恋心がそっと芽を出していた。
幸運なことに、私はシカマル先輩の受け持つ管轄部署に入ることになり日々任務をこなしている。
そっと芽を出した恋心はみるみると葉を広げ、私にしか分からぬ花を咲かせた。
だからこそ、ほんの少しの勇気を振り絞ったのだ。
小さな、小さな勇気を。
それでも、そんな小さな勇気はあっという間に砕け散ることになった。
ある年のシカマル先輩の誕生日。
私にとって、その日が運命の分かれ道だった。

『シカマル先輩、これ』
『?』

いつものように、部下の声に足を止めた彼は、私の手に持つ小さな箱を見つめて不思議そうな顔をした。
今日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていたのである。

『今日、お誕生日ですよね?』
『あー』

今思い出したと言わんばかりの彼は首裏を掻き、私が差し出したものに再度視線を落とす。
少しの勇気。
誕生日にプレゼントを渡すこと。
特別な意味に取られなくても構わない。ただ、シカマル先輩が生まれた日を祝いたかったのだ。
しかし、差し出されたものがプレゼントだと理解した瞬間、シカマル先輩の顔が歪んだのを見留めてしまったのである。
拒絶。そんな大そうなものではなかったが、そんなニュアンスだと解釈した私はさっとプレゼントを引っ込め、固まる表情に無理矢理笑顔を張り付けたのだ。

『あ、すいません。こんなことして。シカマル先輩いつも沢山の方からプレゼント貰ってますもんね』
『いや……』
『あの、気にしないでください。ただのお礼だったので!それじゃあ』
『あ、おい!』

まるで言い逃げするように言葉を放ったまま駆け出した足は、行く当ての無くなったプレゼントを握りしめ真っ直ぐ自分の家へと向かっていた。
小さな勇気が、咲いた花が、見事に散った瞬間である。
大勢の人があげるプレゼントの一つ。部下からのいつものお礼。そんな風に受け取ってもらって構わなかったのだ。
それなのに。
その年以降、私は彼にプレゼントを渡していない。それどころか、毎年数人で『おめでとうございます』そう言いに行く時も、決まって私の言葉の前に彼は姿を消してしまうのだ。
『ありがとな』
そう言葉を纏めて。
伝えていない言葉に返事をされることほど切ないものはない。悲しいと言ってしまえばそれまでだが、それよりも散ったと思った花が彼と任務に出る度に息を吹き返すことに言葉を失う他なかった。
毎年毎年積もる感情に目を伏せながら、あの時渡せなかったプレゼントは今も家の片隅に置き去りにされているのだ。

「それで?結局どうするのよ?」

まるで話を聞いていなかった私は、仲間内の結局どうするという結論を求められた段階で散ったと思えば芽吹く恋心の過去から引き戻された。
結局どうするもなにも、彼は私に誕生日を祝わせてはくれないのだ。
そんな卑屈な考えに苛まれながら、「何か用意するよ」そう適当に言葉を零したのである。

「またそんな事言って、去年も用意出来なかった。とか言ってたのはどこの誰よ」
「いいじゃない。どうせ受け取ってもらえないんだから」
「え?どうして?」
「だって……」

はたと見合わせた顔がなんとも奇妙なものを見つめる瞳をしていた。
まるで、何を言っているの?そんな声が聞こえてきそうである。

「シカマル先輩、ちゃんとプレゼント受け取ってくれるじゃない」
「え?」

どういうこと。
立て続けに浮かぶ疑問符に思考が追い付かなくなった私は、とうとう助け船を求めるように言葉を重ねていた。

「受け取ってくれるの?」
「え、受け取ってくれないの?」

質問を質問で返されるという妙ちくりんな展開に至った状況に、冷静になれと思考が考えることを促す。
もしかして、私だけ?
今までプレゼントも、おめでとうの一言も言わせてもらっていないということだろうか。
嫌な予感が背筋を伝う。もしそうならば、これほど悲しいことはない。それほどまで嫌われた理由も皆目見当もつかない。
もしかしたら、私が気付いていないだけでとんでもないことを仕出かしてしまっていたのだろうか。
彼にプレゼントも、おめでとうの一言も言わせてもらえないほどの何かを。
しかし、そう考えるのならば一つ不思議なことがあった。
通常の業務において、彼は私を無視する事も無ければ酷く当たることもない。むしろ正しい助言で私を導いてくれる。
公私混同をしないから?
それにしては、あまりにも行動が極端すぎた。
それならば、どうして。
どうして彼は、私に誕生日を祝わせてはくれないのだろう。
そう考えが至った時には、盛大な音を立てて椅子から立ち上がり唖然とする仲間をそのままに甘味屋から脱兎の如く駆けだしていた。
遠ざかる友の声に構うことなく駆け出した足の向かう先はただ一つ。

「シカマル先輩!」

業務に一区切りついたのか、一人屋上で木ノ葉の里を眺め煙草を燻らせていた背中に声を掛ける。
見つかって良かったという安堵と共に、心臓はこれまでにないほど強く脈を打っていた。
走ったせいだ。そう言い聞かせて深呼吸を繰り返す。
突如として現れた私に、彼は驚きで目を見開いた。

「あ、あの」
「落ちつけよ」

ふーっと雲を作るように吐かれた紫煙が青空へと昇っていく。その長閑な光景に心が落ち着きを取り戻していくのを感じた。
彼の背中はいつ見ても落ち着く。冷静で頼れる背中だ。
それはきっと、数多くの修羅場を乗り越えてきたからに他ならないのだろう。私の様な小娘とは大違いだ。

「どうした?」

いつもと変わらない口調。のんびりとして、それでもきちんと本質を見抜く声。
そのいつも通りに、私は爆弾を落としに来たのかと思うと足が竦んだ。
もし、プレゼントを受け取って貰えなかったこと。おめでとうを言わせてもらえなかったこと。その理由がはっきりした時、私はどうするのだろうかと。

「あの」

言葉が詰まる。どう問えばいいのかを考えてからにするべきだったと後悔したが、絶え間なく昇る紫煙を視界に流れゆく雲を見つめると、口からはまるでその煙の様にふーっと言葉が吐き出されていた。

「誕生日のプレゼント、どうして受け取ってもらえないんですか」
「は?」
「それに、おめでとうも言わせてもらえてません」
「……」

昇っていた紫煙がぷつりと途絶えた。
それが気まずさの証拠だとでも言わんばかりに、彼は盛大な溜息を一つ吐く。
どくりと心臓が跳ねた。
その嫌な鼓動から全てが湧きだして来るのではないかと思った私は、咄嗟に足元のコンクリートを睨みつけるように見つめることで現実を受け止める準備した。
きっと、この予感はろくでもないものを連れてくるに違いない。
ならば、歯を食いしばれる準備をしておこう。そう考えた私は、彼の放つ一切迷いの無いクナイのような言葉を待ったのだ。

「ったく……」

しかし、いくら待ってもその切れ味良さそうなクナイに似た言葉は飛んで来ず。
代わりに鼓膜を揺らしたのは、小さな舌打ちとこれでもかと長く吐かれた盛大な溜息だった。

「あの、どうし
「どうしてとか言うな。今説明してやるから」

ぴしゃりと言葉を寸断された私は驚きに顔を上げ呆然と目を丸くするだけ。
その阿呆のような表情をちらりと見た彼は、「あーとうとう来たか」とぼそり呟いた。
そして場を仕切り直すように咳払いをすると、あの時と同じように首筋を掻いて顔を歪めたのだ。
フラッシュバックする光景にびくりと身体が固まる。
また威勢よく花が散らされるのかと思うと、もう花を咲かせていることも十分に思われた。
いくら好きでも、嫌われていては仕方が無い。
ここで散らされるのならばいっそ清々するというものだ。
そう心に言い聞かせ、散らされるのだろう説明
を待つ。
きっと彼のことだから、相手を傷付けないための言葉をいくつも想定して並べ立ててくれるのだろう。とても優しい人だから。
その優しさを受け入れる覚悟を決めよう、そう決断した時だった。
真実を見抜く声音が飛ばした言葉が、すこーんと脳を突き抜けていったのだ。

「お前と歳が離れるから......って、何言ってんだ俺」

予想だにしない言葉に何の話かと思考がフル回転を始める。
言ってしまったと頭を抱え出す彼は、適当な言葉ならざる声をあげ冷静さを取り戻そうと新たな煙草にシュッと火を灯した。
その光景にまるで現実味のない私は、ただひたすらに状況を飲み込もうと努力する。

「それは、どういう……」

問い掛けても、くるりと向きを変えてしまった彼の表情は窺えない。
私と歳が離れてしまうから……祝わせてはくれなかった。
それを言葉通りに取った時、胸を打った嫌な鼓動が色を変えどくどくと鳴り出した。急激に集まる頬の熱に顔が茹る。

「あ、あの!それは、言葉通り……

言葉通りに受け取っていいのだろうか。
そう全てを言葉にする前に、もわりと吐き出された紫煙がまた雲になっていく。そしてぶっきらぼうに首を掻いた彼が言葉を落としたのだ。

「祝われるのは嬉しい。素直に。でも、祝われたら歳が離れる。あんたは俺よりも若いし」

ちらりとこちらを窺うあの歪んだ表情。首裏を掻く仕草。
全ての言動が、一本の糸で繋がった。
気付いた時には、固まっていたとは思えぬ身体が軽やかに地を蹴って彼の元へと駆けだしていたのである。

「うわっ」

飛び込んで来る私に慌てたのか、彼の手からはぽろりと煙草が落ちた。
しっかりと抱きとめられる力強さに胸が温かくなる。
ぎゅっと縋り付くように頬を寄せれば、彼の少しばかり早い鼓動が鼓膜を揺らした。

「歳が離れるとか、そんなの、どうでもいいです」
「......」
「歳が離れていても、私にとってシカマル先輩はシカマル先輩でしかありません」

鼓動の心地良さに瞳を閉じ少しずつ言葉にしていけば、今までに口にすることの出来なかった気持ちがほろほろと零れ落ちていく。

「誕生日を祝わせてもらえなくて、悲しかった......」

その呟きを聞いた彼は煙草を落とした手を私の頭に回し、まるで子供をあやすように何度も髪を梳いた。バツが悪いのか、申し訳なさそうな声で「......悪かった」と呟きをながらも、その手は決して髪を梳き撫でることを止めなかったのだ。大きな節立った手の気持ち良さに安堵しながら、今までのもやもやとしていた気持ちがすっと胸から降りるのを感じる。

「シカマル先輩」
「ん?」

そろりと見上げれば、彼の瞳が温かな色を帯びて見下ろされた。その幸せに全てを委ね、また一層開いた花を胸に告げるのだ。

「ちゃんと、お祝いさせてくださいね」

抱きとめながら少しばかり渋った様子の彼だったが、終いには一言「了解」と呟き青空に溜息を零したのだ。

彼はいつも、誕生日を祝わせてくれない。
でも、今年はきっと。
きっと、ちゃんと真っ直ぐに届けられるのだろう。
今までの分を、精一杯込めて。


▼あとがき
お読みいただきありがとうございます。
今回は、以前シカマル君誕生日に間に合わなかった作品を修正して掲載させていただきました。啄ばみらしくないノリのお話しなので何だこれ感が酷いですが、楽しんでいただけましたでしょうか。
年上の先輩に恋する後輩なんて、夢小説っぽいですよね。
シカマル君、お誕生日おめでとうございます。