小説 | ナノ


が合う



ナルトが自来也様と共に木ノ葉を去って暫く経つ。
嘗てルーキーだった俺たちは、あいつを常に意識の中に置き鎬を削ってきた。

そんな中で、自らの力を試す中忍試験が幕を開けたのだ。


木ノ葉と砂の合同中忍試験は、蓋を開けてみれば前回と遜色無いレベルの高いものが繰り広げられた。
しかし木ノ葉や砂、雨等どの里も腹に一物を孕んでいたようで、第二次試験では風影の一尾を狙う輩にも遭遇することとなった。

よって合同中忍試験は打ち切りという形を取らざるを得なかったが、それでも自身のレベルを確かめられたという点においては満足している。
合否は詳細なレポートと共に五代目火影様がお選びになるだろう。

そう風影からの説明を受けた俺たちは、魔の砂漠を背に木ノ葉へ帰還した。



数日後、合否のために呼ばれた火影室で俺は思わぬ辞令を受け取ることになったのだ。


告げられたのは上忍への昇格。


二回級特進など考えてもいなかったことで驚きはしたが、認められたという意識の方がそれを上回った。
と同時にお腹の中心に一本芯が通る。
所謂責任感というやつだ。

火影室を出て散りじりになるルーキーたちを横目に、更なる精進を重ねるため日向家道場を目指す。

これからは自らが指揮を取る場面が数多くやってくる。
仲間の生死が己が手に委ねられるのだ。


ぴたりと足が止まる。


上忍という地位は計り知れない重圧がのし掛かるのだと再確認する思考。
俺に出来るのだろうかという少しばかりの不安。




その時だ。


やけに暢気な声が耳に飛び込んできた。
まるでこの空という海を泳ぐ雲のような声。



「おぉー。ネジくーん。聞いたよ、おめでとー」


「ありがとうございます」



前からゆるりと片手を上げてやって来たのは、度々任務でチームを組んだ上忍の涼城沙羅さんだ。
体術型の俺と幻術サポート型の彼女は近頃事あるごとにチームを組まされている。
火影様曰くバランスが良いとのこと。

ようは相性が良いのだ。

最初こそ互いがどういった能力の持ち主なのかと情報交換を重ねたが、一度歯車がかみ合えば火影様の采配通り相性が良かった。
それは相手が何をするだろうかという予測を瞬時に理解する事ができてしまう程度には。


「相変わらずクールだねぇ」

「相変わらず緩いですね」


こんなやり取りも手馴れたものだ。

緩い。という言葉がぴったりと当て嵌まる目の前の彼女。

しかし、俺は他の上忍たちと同じように彼女にも一目置いている。
何故なら任務中の姿を目にしているからだ。

俺はその姿に能面を連想した。

冷静な判断能力、時に大胆不敵な作戦。
切れ長の一重がすっと温度を失う瞬間、肌を這い上がる何か。
彼女との任務は無意識に腕を抑える癖が付くほど、その存在感は圧倒的だった。

それでも任務を外れればこうしてゆるりとした彼女に戻るのだ。

初めは同一人物なのかと疑ったが、二度目の任務をおなじくした時に疑問は確信に変わった。
同じくチームを組んだ上忍の一人が何故普段とそんなにも違うのかと尋ねた時、彼女は角の取れた声音で零したのだ。



「だって疲れちゃうでしょ」と。



なんて単純明解な答えだろうかとも思ったが、それが心理であることも理解できた。



「やだなぁ。そんなに見つめないで」



こうして阿保のような会話をふっかけてくる辺り相変わらずのようで少し安心した。

呆れはするが。


「・・・。用事があるので、俺は失礼します」


いつの間にか固まっていた足は血の巡りを取り戻しゆるりと歩き出す。
彼女の緩さに感化されたのだろうか。
彼女の横を通り過ぎて歩みを進めた。





「上忍になっちゃったネジくんにはもう私の幻術なんて必よーないかもねー」




ふわりと背中から風に運ばれるあっけらかんとした声。


再びぴたりと動きを止める足。


自身の足が固まった先ほどとは違う感覚。
まるで何かに足を絡め取られたように動けなくなったのだ。

ちらりと振り返って彼女を見やれば、いつも通りにへらへらと緩さを保って微笑んでいた。

その姿に、俺は何故か少しの苛立ちを覚える。

私などいらないと本気で思っているような口ぶりに苛立ったのか、彼女が俺との間に無意識に線を引こうとしているのではないかと予感したからか。


だから俺は一つだけ言葉を落としていく。


彼女があんな言葉を二度と零さないように。





「……いえ。俺には貴女が必要です」



「……」




よく空気が止まったという表現を聞くが、今まさに彼女の周りの空気が時を止めたのが分かった。
切れ長の整った瞳がぽかんと点になり、まるで静止画のように止まっている。
多分、彼女は今俺が何を口にしたのかを理解出来ていない。
その姿に、ふっと笑みが溢れてくる。
緩い彼女はどこか浮世離れしているようにも感じられたため、こんな風に人間らしい姿はかえって好感が持てた。

暫くすると、ゆるゆると開く口。
赤みを差した頬に、あぁ理解したんだなと笑みを噛み殺す。

その姿を瞳の奥に写し、俺は修練のため日向家に再び足を向けた。


もうこの足は歩みを止めない。



彼女は今もその頬を色良く染めているのだろう。

容易く想像出来てしまう姿にくすりと笑みが漏れる。







やはり、彼女とはとことん相性が良いらしい。