小説 | ナノ

つきライン



お前を抱く時、そのうなじはいつも俺の形じゃないんだ。

自分じゃ作らないような料理が食卓に並び、頂きますと手を合わせる。
味噌汁の湯気の向こうで箸を綺麗に持った手が焼き魚を解していた。

「美味しい」

ふわりと微笑んだ声に「ほんとだ」と返して和やかな食事の時間を楽しむことが最近の日課になっている。
もっとも、任務があるから日課なんて言えるものじゃないのかもしれないけれど。
数日前にもらった酒を二人してとくとくと御猪口に注ぎ、それぞれのペースで日々の疲れを癒すように煽る。
さらりと黒髪が肩から落ちるのを、酒の回り始めた瞳で見つめた。

「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」

食べ終わった食器を下げていく女の背を、素直に美しいと思う。
美しい背を持つ女。
この女と一緒に過ごす時間が存外心地よかった。
帰ってきた時は必ず「お帰り」と、一つ声のトーンを落として迎え入れてくれる。
きっと生来そのテンションなのだろうが、俺には心地良いものだった。
そっと抱き締めて人という形の温もりを感じ、自分が生きていることを己に言い聞かせる。
長い黒髪を掻き分けて、白い首すじに唇を寄せれば、さわさわと折れそうに華奢な手が背を撫でる感覚にまた生きていると安堵する。


この女は俺にとって生そのものになりつつあった。


「する?」

耳の後ろから甘い言葉が、まるで「今日も暑いね」とでも言うようなノリで囁かれる。
それにうんともすんとも言わない代わりに、掻き分けた首すじに歯を立てた。
それが俺と女の間で行われる唯一の言葉ないやりとりである。
酒のせいでほんのりと色付いた肌が明かりに晒されふるりと震えたことに、男としての性が優越感を訴えた。
ずるずるとベッドに雪崩れ込み生を飲み込もうと喉を鳴らした俺に、女は絵のように綺麗な笑みを浮かべて微笑んだ。

「いいよ」

シーツの白に散らばる黒髪の艶やかさに目を奪われ、いたるところに吸い付けば魚のように背骨が綺麗にしなった。
漏れ聞こえる苦しげな声と短い息遣いが静寂に響く。
女の声はベッドの中で艶を増すとは誰の言葉だったか。
眼下に広がる光景に、確かにそうだと思いながら再び熱を持った柔肌に吸い付いた。
口付けを落とせば声が漏れ、歯を立てれば背がしなる。
どこをどうすれば女が反応を見せるのか、俺が気持ち良いのか。
全てを知っていたはずなのに。

それなのに。


「―――」
「……」

月明かりに映えた女のうなじは、俺の知るものじゃなかった。

くしゃりと黒髪を掻き上げ、生え際を淡い光に曝す。
唇を寄せても、歯を立てても、舐めとっても、吸い付いても。

何をしても俺の形じゃない。

悟るのは早かった。


どこのどいつだ。

そう心では思えど、女に告げるつもりはなかった。
どこのどいつかも知るつもりはなかった。
ただ、女のうなじを俺で形どってやればいい。

俺は生を飲み込むだけ。


次にこの女を抱いた誰かが、俺のように悟るだけ。




このうなじは嘘をつく、と。


▼あとがき
お読みいただきありがとうございます。
今回は「うなじ」「カカシ」というお題で、「酔い」と「嘘つきライン」の二編を掲載させていただきました。
同じお題でも全く違う物語になる不思議と楽しさを感じております。