小説 | ナノ


と煙草と缶珈琲



やけに騒がしい事務所の片隅で、その知らせが鼓膜を揺らした。




赤井秀一の死を。






何故自分が此処にいるのかを問うことが、ここ数日間の習慣と化していた。
FBI本部から緊急要請されたこの身は、遥か彼方日本の地で黒の組織を追うための任を担っていた。

赤井秀一の代わりとして。

しかし、いくら数人のFBIを日本に召集したとしても彼の代わりを務められる者など誰一人もいないことは、私を含めた全ての人間が理解していた。



「―――了解」


雨音に混じるジェイムズの帰還命令。
たいして情報が集められなかった不甲斐なさを嘆くように鳴く空。
天気予報を無視して傘を持ち歩かなかった罰かもしれない。
傘無しで歩くことが無理だと判断した私は雨宿りのために近くの軒下へと走り込んだ。
思考がぼんやりと靄掛かっている。

あの日、事務所の妙な空気を問わなければ真実を知らずに済んだかもしれないと思う反面、そんなことはあり得ないともう一人の自分が答える。

赤井秀一の死は一瞬にして広がった。

それからは、FBIの中から数人が人選され日本へ送り込まれることが怒涛の如く決定していたのである。
少ない荷物を鞄に詰め日本の地を踏むまでは、まさに光陰矢の如しと言っても過言では無かった。
故に、心だけが無理に体という器に詰め込まれている感じがしていたのだ。


私も、赤井秀一の死を信じられない人間の一人だった。


あの彼が、死んだ。


ぽつりと口から出してみた真実も、何一つ現実味が沸かなかったのだ。
日本に到着してジェイムズからの指示を仰いでも、彼がこの世にいないということが全くと言っていいほど信じられなかった。

ただ一つ、ジョディの姿を見るまでは。

がくりと肩を落とし、失意で泣き暮れていると思っていた私は、その姿を見れば嫌でも現実味が沸いてくると思っていたが、久しぶりに再会したジョディは予想とはまるで違っていたのである。


「Hi!久しぶりデスネー」


そう第一声を受けた瞬間、心がピシャリと凍るのが分かった。
ジョディの分かりやすいほどの空元気さと、ギュッと痛いほどに抱く抱擁がそれこそ真実を突き付けてきた。


赤井秀一が死んだ、という真実を。


悲壮感溢れるジョディを見るより、こちらの方が圧倒的に現実味があったことを私は後になって気付いた。
だから落ち着かない心を仕舞い込んで、仕事に打ち込むことを決めたのだ。
赤井秀一という人間を慕っていた一人として、ジョディが必死に前を向いているのならば自分が下を向くわけにはいかないと。




しかし、ふと。




そう、こんな雨の日には思い出してしまうのだ。




彼の珈琲と煙草と雨の混じった何とも言えない香りを。





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