小説 | ナノ


マが逃げ込んだ腕の中


何故か私は、そうかそうかと話に耳を傾けながら豪快に笑う自来也様の前で杯を傾けていたのである。
危なっかしい手元で手酌をしようとしている姿に、慌ててその手から熱燗を奪った。


そもそも、何故自来也様と共に飲み屋で杯を合わせているのか。とふと疑問に思った私は、そうだとここ数時間前に起きた出来事を思い出していた。


元はといえば、綱手様のある人一言から始まったのである。




「沙羅、猫を探せ」
「は……?」

思わず素っ頓狂な声を出した私に向かって、彼女はその綺麗に整った顔を渋く歪めた。

「猫…ですか?」
「そうだ。ったく、この忙しい時に」

頭を苦々しく掻いた彼女は、私に向かって一枚の紙を差し出した。所謂依頼書というやつだ。

「今木ノ葉に大名連中が来ているのは知ってるな?」
「はい」

この言葉で依頼書に書かれている依頼主とその内容を理解した私は、確かに彼女が溜息をつくのも頷けると一人納得したのである。

「本当はお前みたいな人間をこんな任務に当てたくはないんだが……。おまけに奴等は特別上忍以上の人間に探させろとのたまう始末だ」
「それは…」

まったく迷惑な話である。

同じ思いなのか、彼女も自分たちが持ち込んだ猫なら自分たちで探せ。と一人ぶつぶつと呟き、ドカッと椅子に腰を下ろした。もう冷めきっているお茶を不味そうに飲んでいる姿に、ご愁傷様ですと苦笑混じりに答えたのである。

「では、これから任務にあたります」

そう一礼した私に、彼女は「すまないね」と言葉をかけ、直ぐさま山積みの書類と格闘し始めた。
やはり里の復興の為、彼女には膨大な期待と捌ききれない程数多くの案件が押し寄せているのだろう。私のような特別上忍に猫探しの任務を与えている程悠長な情勢ではないのだ。木ノ葉は。

しかし、大名の申し出では仕方がないのかもしれない。
この時ばかりは、ゆったりと椅子に踏ん反り返って愛猫の帰りを待っているだろう大名を疎ましく思ったものである。
なんにせよ、任務は任務である。猫探しだろうがゴミ拾いだろうが、与えられたものはきっちりとこなすのが木ノ葉の忍である。


そう気合いを入れて探し始めたのがもう二時間も前のことであった。
一向に情報や気配すら掴めぬ大名の愛猫に、盛大な溜息が零れるだけとなってきた夕暮れ時のことである。
ある老舗の八百屋で見かけたという情報を手にしたのだ。
逃してはなるまいと瞬身で八百屋に駆けつけると、いきなり現れた私に目を点にした八百屋の店主は一息遅れて「いらっしゃい」と威勢の良い声でそう言った。

「すいません。少しお聞きして宜しいでしょうか?」
「はい?」

お客ではないと分かると、こちらの質問に首を傾げた店主は私の差し出した写真を見るなりあぁと一人ごちた。

「その猫ならあっちの方へ行きましたよ。魚でも貰いに行ったかな?良い焼き魚の匂いがしてたから」

そう言われ鼻を澄ますと、確かに周囲に微かではあるが焼き魚の香りがした。にっと笑顔で返す店主にお礼を述べ、彼の予測にならって魚屋へ足を向けることにしたのである。
「忍者は栄養付けなきゃ駄目だよ」と玉葱やにんじんをくれようとする店主に丁重にお断りを入れるのに苦労しながら。





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