小説 | ナノ


曜日の約束



彼はとても優秀だ。

成績も良ければ、男子バレー部の主将まで務めてらっしゃる。
世に言う文武両道を地でいくような人間なのだ。


そんな彼と私は、高校三年になって初めて同じクラスになった。
話したこともなければ視界に入ることさえ微々たるもので、正直これからたったの一年間で仲良くなれるとは考えてもいなかったのである。



しかし、その考えは見事に打ち砕かれた。

選択授業という、学生にとって避けては通れぬ時間によって。




「俺の席はここか」



そんな呟きに顔を上げると、そこにはやたらガッシリとした体格の後ろ姿があった。

それが彼、澤村大地君だったのである。



選択したのは日本史。
何故日本史を選択したのかは、至極簡単な理由だった。
ただ世界史の外国の地名や先人たちの名前が覚えられないと思ったからである。
他にも古典や数学なんかの選択をすることも出来たが、その手の科目はてんで芽が出なかったのだ。
よって日本史か世界史か。
という二択を迫られ、日本語だからという他人が聞いたら呆れそうな理由によって、今まさにこの教室にいるのだ。


そして、他クラス入り乱れる選択授業の中で、彼と前後の席になるという偶然に出くわしたのである。




「お、涼城さんじゃん。よろしくな」



まさか、名前を覚えられているとは。

驚きに目を瞬かせ、よろしくと答えた。
選択授業という新しい環境に、よし!と気合を入れて席に着いたことは記憶に新しい。






が。








黒板が見えない。




そんな大問題に行き着いたのは、選択授業初回が始まった5分後のことだった。





「・・・」




何度顔を上げても、見えるのは背中。








背中。












背中。





なんとも逞しく行儀の良い背中が黒板との間に隔たっていたのだ。

それもそのはず。
低身長にコンプレックスを持つ私と、170pは優に越えているだろう澤村君。

黒板が見えないのは必然だった。

仕方ないので、キョロキョロと頭を動かして彼の肩口から黒板を覗き見る作戦に出ることにした。






「もしかして、見にくい?」


「え?」


突然、彼が振り返ってきたことにビクリとした私は当然のように彼と視線を合わせた。



「見えないよな。ごめん」


私の手元のノートをちらりと見た彼は、こちらの板書が追いついていないことを察したようで、申し訳なさそうに頭を掻いたのだ。
席は先生が決めたことだから仕方ない。
後で友達に見せてもらうから大丈夫だと伝えると、彼はじゃあと1つ提案をしてきた。




「俺の、見る?」

「……いいの?」



思ってもみない提案に、私は直ぐさま飛びついた。

何故なら、正直なところノートを気軽に借りられる友達が日本史クラスにはいなかったからだ。
友達の1人は先生がイケメンだからと古典の授業を受けており、またある1人は数字マニアとしての血が騒ぐらしく数学を専攻していた。
そんな私にとって、彼の何気ない一言はとても有り難いものだったのである。


お返しに、もしも彼がノートを取れなくなった時は見せてあげるね!と意気込んだ。

そんな私の空回りしそうな意気込みを、彼は期待しとくと苦笑しながら答えてくれたのだ。





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