小説 | ナノ



を瞑ろう



冴えない駄菓子屋の店主。

あなたはいつもそう言っていた。


このお店を見つけたのは、私が中学生の頃。

学校の帰り道に急に現れたちょっと寂れた駄菓子屋さん。

もちろん、私たち学生の足を止めるには十分な威力を持っていた。
駄菓子屋さんなんて小さな頃に行ったきりで、お店に並ぶ駄菓子を小銭を握り締めて高揚感と共に見つめていた記憶しかない。
学校に通い始めれば駄菓子を買いに行くことは減ったし、そもそも駄菓子屋さんという存在が減っていた。
そんな中で現れたものだから、私たちは歓声を上げて駄菓子屋さんへと足を踏み入れたのである。




いやぁ、いらっしゃい。



快活な声。

陽気な足音。

色とりどりの駄菓子。

なんてことはない、駄菓子屋さんと女子高生のありふれた出会いだったのである。







「沙羅さん、いらっしゃい」


駄菓子が食べたくなったとちょくちょく店を訪れるようになった私に、あなたはいつもそっと微笑んで迎え入れてくれた。




何があっても。



「一護!たわけ!」


「……」




そう、何があっても。



「ちょ!待てよルキア!そんなにカリカリすることねぇだろ!あいつらだって直ぐさま襲ってくるわけじゃねぇんだから」


「……」



駄菓子屋さんの店の奥。
聞きなれた声が鼓膜を揺らす。
その声にちらりと視線を移せば、わざとらしく話を振って意識を逸らそうとする駄菓子屋の店主。


ここ最近、こんな事が増えた。


多分、いや確実に奥で言い争いをしているのは同じクラスの黒崎一護と朽木ルキアであろう。
転校してきたばかりとはいえ、朽木さんの声と容姿はとても人目を引いた。

しかし、私にとってはそれだけのこと。

黒崎君も朽木さんも、クラスメイトという枠の中にいるだけで別段特別視をしたこともなかったし、そもそも話さない部類の人たちだった。

それでも、だからといって何故二人がこの駄菓子屋さんにいるのか。

興味がないわけではない。

勿論、このへらりとした笑みに紛れて話を逸らそうとする駄菓子屋の店主と彼らがどういった関係なのかにも関心があった。



「そうだ、沙羅さん!今朝新作の駄菓子が入りましたよ!これこれ!」



そう言いながらカラコロと下駄を鳴らして新作の駄菓子を私の両手一杯にばらばらと落とす。







そんなことをしなくても、私は聞かないのに。




興味はある。

関心もある。

でも、一番気になるのはこうしてあからさまに意識を逸らそうとオーバーアクションを続ける駄菓子屋の店主なのだ。




だから聞かない。



彼の隠していることを、私が知っていたとしても。


決してこちらから口に出すようなことはしない。




「美味しそうなお菓子ですね、買います」


ばらばらと落とされた駄菓子に意識を持って行かれたふりをする。
いくらにもならない駄菓子がビニール袋に入れられていく様子を見ながら、耳だけは研ぎ澄まされ店奥の声を拾っていく。
まだまだ黒崎君と朽木さんの口論は白熱を極めているらしい。




「いつもありがとうございます」



ビニール袋一杯になった駄菓子を手に、何も聞かなかったことにして店を後にするのが一番。

駄菓子好きの女子高生は駄菓子に目を奪われ店を後にする。

その構図がこの場には相応しい。












「どうして、聞かないんスか?」



しかし、そんな構図を定め店を後にしようと歩き出す足を、彼の声がぴたりと止めた。
今までに聞いたことのない、こちらを試し伺うような声色だ。



「何のことですか」


振り返らずに問えば、「惚けちゃいけない」と推理ドラマの刑事のような言葉が返ってくる。



「沙羅さん。あなた、黒崎さんや朽木さんのこと、気付いてるんじゃないんスか?」


「……」




そう。気付いている。



黒崎君と朽木さんが普通の人とは違うこと。

教室から急に飛び出して行った先で何をしているのか。

そしてそれが、駄菓子屋の店主である彼にに繋がっているだろうこと。



「さぁ?そこまで二人と仲良くありませんし。それに―――」


「……」









「私に力はありませんから」


肩越しに微笑めば、彼の瞳が驚いたように見開かれていく。
その姿に、彼も私がそこまで知っているとは思ってもいなかっただろうことを悟る。


「そう……ですか」


まるで話の腰を折られたような呟きに、私の足は再び構図通りに歩み始める。


店の扉をガラガラと閉めれば、無意識にため息が溢れた。



暮れなずむ茜の空が、今日はやけに色鮮やかだ。



次にこの場所を訪れる時は、またいつもの私である。


駄菓子が好きで、駄菓子屋さんの店主に興味がある何も知らない女子高生。





それでいい。





だって、







あなたを困らせたくないから。