小説 | ナノ


のないところに煙は立たぬ



「きらきらは剣ちゃんのことが好きなの?」

「は?」


思考の斜め上をいく質問に素っ頓狂な声を上げたのが五分前。

吉良イヅルを連想させるのでややこしい名前は止してくれと言ったものの、私の両の手に嵌った幾つもの”きらきら”とした指輪が印象的だったらしい草鹿やちるは私を”きらきら”と呼ぶ。

そんな彼女が私の背中へダイブしたのが七分前。

たっぷりと時間を使い何故そんな話が飛び込んできたのかを考える。
肩に乗っていたやちるがねぇねぇと死覇装を引っ張る中、ある出来事を思い出した私はあぁと呟いた。


「確か昨日話しましたね。十一番隊女性死神”つるりんと愉快な仲間たちの会”でしたっけ?そこで」


十一番隊はたたでさえ野蛮な戦闘集団扱いをされているにもかかわらず、更に女性死神の数が十三番隊中一番少ないときている。
しかし少ないからこそ良い部分もあるのだと
思っている。

強さと結束力。

男らしいサバサバとしたもの言いに、男性死神に負けぬ強さと結束力。十一番隊に所属する女性死神たちは、人呼んで猿山と呼ばれていることは周知の事実であった。
もっとも、猿山と命名された所以は、我が副隊長草鹿やちるが根源であることは間違いない。猿のように威勢良くちょこまかと動くやちるを大将として、私たちはいつしか猿山と呼ばれるようになっていたのだ。

不本意なことに。

そんな猿山の大将こと草鹿やちるの発足した、これまたネーミングセンスの欠片もない十一番隊女性死神だけの組織が”つるりんと愉快な仲間たちの会”である。
名前を使われたつるりんこと班目一角は、その話を聞いた瞬間眉間に皺を寄せげっそりと肩を落とした。
申し訳ないが、副隊長のネーミングセンスにケチをつける勇気など一介の死神が持ち合わせているわけも無いので、ふらりと現れた京楽隊長の置き土産である酒饅頭を一つお裾分けしておいた。

そんな、つるりんの会……違う。つるりんと愉快な仲間たちの会で、昨日飲み会があったのだ。
各々仕事やプライベートの事情により、参加者は十人程度と少なかったが、それでも女三人寄れば姦しいという諺があるぐらいだ。女性が十人も集まれば賑わうのは必然だった。

その時である。


「ねぇねぇ、好きな人いないの?」


どこの子供か。と思う質問がぽろりと女性死神の口から溢れたのだ。
それからはあれよあれよという間に世に言う恋話に発展した。
所詮女である。猿山と言われようが、野蛮な戦闘集団にいようが恋話には目がない生き物なのである。

斯くいう私もその手の話は嫌いではなかった。

ただ自分の話をあまりしたくないというだけであって、恋話自体には興味も関心も持ち合わせていたのだ。
だから「沙羅はいないの?」などとお鉢が回ってきた時には、毎回んーと唸るふりをするのだ。

そしてお決まりの台詞を言うことにしている。


「いないねー。良い人いたら紹介してよ」


紹介を促せば周りは誰が良いだの悪いだのと勝手に話が変わっていく。とても便利な言葉として重宝していた。
だが、何故かこの日は話が逸れなかったのである。


「え?沙羅って弓親と付き合ってんでしょ?」

「なんでそうなる」

「だってこの前二人で仲良さそうにデートしてたじゃない」

「……」


お酒が仄かに回った頭に飛び込んできたのは想像だにしていなかった名前だった。まさか付き合っていることになっているとは露ほども知らなかった私は、何を馬鹿なことをと仲間の言葉を一蹴したのである。


「あー あれは弓親に稽古付けてもらってたのよ。そんな関係じゃないし」

「え。あんた休みの日まで稽古してんの?!疲れないわけ?」


うんざりしたように返す仲間を横目に、疲れるっちゃ疲れるけど、そうでもないっちゃそうでもない。と曖昧にも程がある返事を返した。
やっぱり踏み込まれるのは苦手だ。
冷めた焼き鳥を咀嚼しながら私は内心独り言ちた。


「沙羅ってさ、何でそんなに強くなりたいわけ?私たちの中じゃもう抜きに出てるのに」


焼き鳥を嚥下しきることなく問われた言葉に、これまた温くなった熱燗を煽った。

美味しくないな。


「強さって、回りくどくなくて良いなって思ったから」

「あーなるほど」


流石に猿山という名を不名誉に拝命している女性たちである。
私の強さに対する単純明解な答えに理解を示してくれた。
これは他の隊では中々理解され難いものであるかもしれない。特に同じ女性死神でも、お隣の十番隊副隊長松本乱菊のように強さと美しさを兼ね備えようという人間には。

純粋に力が全てを決める隊。

そう考えると、私はそんな十一番隊ととても相性が良かったのかもしれない。


「恋愛もしたいけど、今は強くなりたいの。更木隊長ややちる副隊長みたいにまだまだ上がいるわけだし。それに隊長率いる十一番隊の力が全てって考え方、嫌いじゃないの」

「前から思ってたんだけど、沙羅って更木隊長のこと好きよねー」



「好きって……尊敬と言って下さい。まぁ、隊長の強さは好きだけどさ」





……。



思い出したかもしれない。

朧げな思考と少し饒舌になった私の口は、確かに肯定の言葉を紡いだ。
しかし、それは隊長の”強さ”に対しての好意であって、隊長自身に対する云々かんぬんといったものに対して肯定の言葉を口にした記憶は無い。


「副隊長。確かに更木隊長の”強さ”については憧れのようなものを口にしましたが、隊長自身に対する惚れた腫れたといった感情については言及した覚えはないのですが……」

「やっぱりきらきらは剣ちゃんが好きなんだね!」

「……」




ん?



「副隊長……?」

「そっかそっかー、剣ちゃんかっこいいもんね!」


ふむふむと顎に手を当てて一人頷く目の前の小さな上司。その思考に危険しか感じないのは私の思考がおかしいからだろうか。


「副隊長?ですから私は、隊長の”強さ”についてを……」

「じゃあきらきらは剣ちゃんのこと嫌いなの?」

「なっ……!」

なんてあざとい角度と表情だろうか。これを前に一介の死神がとれる姿勢など、ある程度決まってくるではないか。
少し屈んで語りかける仕草に全てが表れていることは間違いない。


「まさか!嫌うわけないじゃないですか」

「じゃあ好きってことだよね!」

「……まぁ、副隊長的人間区分けからいくとそうなるんですかね」


頬を引きつらせながら考えてみるに、副隊長にとっての人間は二種類に分けられている気がする。
好きか嫌い。
その二択だ。
そこには恋愛感情とか友情とか、そんな細かい区分けは無い。
だが、指標はあると思っている。
それは更木隊長本人が好きか、嫌いか。である。
更木隊長が好きであれば好き。嫌いであれば嫌い。

やちるにとって二種類の人間に振り分ける篩は更木剣八その人なのだ。

旅過としてソウルソサイエティに乗り込んできた黒崎一護は、類稀なる才能と努力により更木隊長と互角に渡り合いその力を認められた。
やちるはそんな更木隊長の楽しそうな姿に微笑み、事がひと段落する頃には黒崎一護のことを「いっちー」という名で読んでいた。
この時点で更木剣八という篩にかけられた黒崎一護は、やちるの中で好きという分類に収まったのだ。

そう考えると、私は副隊長的人間区分けによると更木隊長のことが好きだという結論になるのではないだろうか。

更木隊長の篩はこの際置いといて、ざっくりと好きか嫌い。そのどちらかに分けなければいけないのだとしたら、もちろん前者である。


「うん。きらきらは剣ちゃんが好き!私もきらきらのこと好きだよ!」



ほらね。

やちるにとって人間は二種類なのだ。
好きか、嫌い。
そこに恋だ愛だ友情だといった細分化された区分けは存在しないのである。


「ありがとうござい……ま…す?」


満面の笑みを残して走り去るやちるの背中に、届かないお礼を述べるのであった。





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