小説 | ナノ



そういう雰囲気、ってだいたい分かるじゃない?
私も、そう。そうなの、なんとなく察したのよ。
あなたがどんな目で私を見たか。
酒に飲まれるような人じゃないことは知っていたし、私は自分が弱いことを知っていたから飲まれないように気をつけていた。勿論、あなたもそんな私のことをよく知っていたでしょ。シラフとかシラフじゃないとか、人は都合が悪くなると言い訳を繰り返す。そう考えれば、私たちはあの時世に言うところのシラフだった。それはお互いに気付いていたの。
気付いていて、素知らぬ振りをした。
都合が良かったんでしょうね。
だって、言い訳を繰り返すよりも互いに割り切っていたのならこれほど楽なことはないでしょう?
私たちはそんな互いの都合の良さと心の隙間にそっと入り込んだ。まるで埃が隅に溜まるように。流麗な言葉なんて何一つなかったけれど、それで良かったのよ。
私たちはそういう雰囲気とやらの言葉に全てを委ねていた。
頼るよりも醜悪で、縋るよりも耽美。
触れた肌の一辺一辺が汗ばんでいるのもきっと夏を忘れたくない私たちの魂の叫び。だから気にしなくていいの。
何があったかなんて誰も気にしやしないわ。
黙っていれば都合がいいのよ、私にとってもあなたにとっても。
だから私があなたの部屋から消えても不思議じゃないし、あなたが私に口付けひとつを刻んだとして何も不思議はないのよ。
全てはそういう雰囲気のせいなんだから。

「おはよ」

交わした視線の先であなたが何を思っているかなんて私には分からないように、あなたにも私の心なんて分かりっこない。
でもそれでいいのよ。
あれは、そういう雰囲気のせいなんだから。

「今日はいいの?」

白々しく聞いてくるその問いの答えを、私は昨日あなたのベッドでしたはずなのに。それをわざと聞くなんて、意地悪なひと。

「大丈夫よ、夫がみてくれてるから」

同じ答えをまるで女優にでもなったみたいに口ずさんでみれば、あなたはやっぱり同じように微笑んで「そっか、」って答えるだけ。
私たちにはそれで十分。
だってあの夜の出来事はそういう雰囲気のせいなんだから。
お互いに分かってること。都合の良い関係。
もう二度とないと分かっているから出来たこと。

「子供、いくつだっけ?」
「今年で五つ」
「そっか、」

並んで歩いても決して指など触れたりはしない。
そういう雰囲気じゃないから。
きっとこの先、私たちにはもう二度とその瞬間は訪れない。そんな予感にも似た確信があるの。
都合が良くて、お互い楽で。
それなのに私たちにはもう二度とそういう雰囲気が訪れることはない。
私に夫と子供がいるように。

「あなたは?もうすぐ子供が生まれるんでしょ」
「……あぁ」

あなたには奥さんとこれから生まれる命があるのだから。

「大切にしなきゃね」
「そうだね」

だから秘密にしていましょう。
私たちの、最初で最後の秘密。
黙っていれば都合がいいんだから。
そうでしょう?


▼あとがき
お読みいただきありがとうございます。
本日はカカシ先生の誕生日ということで短編も短編、とても短いお話ですが一話掲載させていただきました。
でも不倫という;;お祝いする気はあるんですよ!あるんです!
カカシ先生、おめでとうございます!