小説 | ナノ


ュースの先で、



除夜の鐘が百八つの煩悩を打ち、テレビは年の跨ぎを盛大に祝う。

あけましておめでとうございます。

あっという間に新しい年が幕を開けてしまった。
一口飲んだホットミルクはもう冷め切っていて、一人テレビに呟き返すあけましておめでとうの言葉はちょっぴり虚しかった。
一人掛けには大きすぎるソファーは年末の忙しい時期に消太と買い物に行って見つけた掘り出し物だ。そこにごろんと横になる。体がふわりと受け止められ沈んでいく感覚はソファーを買う時にお互いのお気に入りポイントとして買う決め手になったものだ。
かちかちと秒針は迷いなく未来へと進み続け、私の気持ちなど置いてけぼりにしていってしまう。
まさか年越しを一人で迎えるとは思ってもいなかったが、消太にプロヒーローとしての仕事が入ってしまえば致し方のないこと。
召集を受けた消太はゴーグルに自身の瞳を潜めイレイザーヘッドの仮面を被った。まるで正義のヒーローである。いや、正義のヒーローで正しいのだけれど。もっと清廉潔白な王子様のようなヒーローを求める世の中においては、イレイザーヘッドは異質かもしれなかった。
召集命令を受けなかった私でも困っている人がいるのならば駆けつけたい。そんな気持ちに駆られ私も行くと告げたが、ゴーグル越しのプロヒーローは微かに瞳を細め私の頭をぽんぽんと撫でつけた。

「直ぐに戻る」

それだけ言って去ってしまった後姿に来るなと言われたような寂しい気持ちと、待っていてくれという優しさに胸が疼く気持ちと。色々な感情がちくちくと胸を刺した。それでもイレイザーヘッドの背中を追いかけなかったのは直ぐに戻るという言葉を信じたかったからかもしれない。
大みそかは二人で過ごそう。
そう言ったのは消太だった。嬉しくて二つ返事をしたことをよく覚えている。
だからこそまさかの召集に落胆しなかったかと言われれば嘘になるが、私たちの仕事に休みは無いのでこれも受け入れなければならないことだった。
だが予定よりも随分と帰りの遅い消太にざわざわと胸が騒いだ。年を跨いで何の特番かも分からぬテレビを流しっぱなしにしていると、ふと緊急ニュースが画面の端にテロップとして流れた。

○×地区にヴィラン出現
地域住民に避難勧告
現在複数名のプロヒーローが交戦中

次々と右から左へと流れて行くテロップに目が釘付けになった。そのニュースはまさしくイレイザーヘッドが召集された案件に他ならない。
がばりとソファーから起き出しテレビの前を陣取る。交戦中ということはまだ事件解決とはいっていないのだろうか。そう思ってやっぱりあの背中を追いかけるべきだったか、そう思った時だった。

続報です。

テロップから急にニュース画面へと切り替わった。深夜のニュースにテレビ局もてんやわんやしているのかキャスター以外の声をマイクが微かに拾っていた。
テレビ画面に映る二人の男女キャスターが手渡された原稿用紙に目を通しニュースを淡々と読み上げていく。

えー現在入りました○×地区に突如出現したヴィランに対する最新情報です。
現在ヴィランは現場に召集された複数名のプロヒーローの手により鎮静化。地域住民に被害無し。

淀みなく読まれていくニュースにホッと胸を撫で下ろす。
事件はプロヒーローの手により事なきを得たという情報は世の中に安心をもたらした。ほっと安堵の溜息を吐けばどきどきと胸が鳴っていることに気付く。それを宥めるように冷め切ったミルクをまた口に含んだ。
もう少ししたら消太が帰って来る。きっと疲れているだろう。お風呂を沸かして、もし眠そうにしていたら早く寝かせてあげよう。
そう思ってお風呂を沸かしにいこうと立ち上がった時だった。
ニュースを繰り返し読み返してキャスターが新たな情報が届いたと、また原稿用紙を淀みなく読み始めた。

最新のニュースです。
○×地区に突如現れたヴィランは現在既に鎮静化を終え、現在は警察の手により現場検証がはじまっているとのことです。
また、ヴィランとの交戦により3名のプロヒーローが重症、軽傷を負ったとのことです。

立ち上がった足が竦むのが分かった。無機質なテレビを振り返り、キャスターだけの声を拾う耳が呪わしく思えて仕方がなかった。
重症、軽傷を負った3名のプロヒーロー、その中にイレイザ―ヘッドの名があったのだ。
お風呂を沸かすために立ち上がった足は脱兎の如く廊下を駆け、上着を引っ掴んだその手は携帯と玄関に置かれた家の鍵を鷲掴んだ。がちゃがちゃと乱雑に家の鍵をかけ駆けだす。
夜道の中で携帯の液晶は酷く目に痛かった。ニュースを漁り、イレイザーヘッドが運ばれたという病院に着く頃には、年越しを一人で過ごしていたことの虚しさなど吹き飛んでしまっていた。

「消太!」

夜間の面会は褒められたものではなかったが、事件が事件な上に立場を配慮されたのか、消太との関係を話し、プロヒーローであることを証明したら渋々と面会が許された。

「沙羅……」

まさかこんなところに現れるとは思っていなかったのか、消太は驚きに目を見開いた。上半身を起こしながらも、頭に巻かれた包帯やら腕を固定されたギプスが痛々しい。軽傷というわけではなさそうだった。
つかつかと歩み寄る私に、消太はこちらを見上げ無事な方の手で申し訳なさそうに頬を掻いた。

「すまん」

直ぐに帰るって言ったのに。そう続いた言葉にぎゅっと胸を締め付けられた。
別に謝ってほしかったわけではないし、そんな申し訳なさそうな顔をしてほしいのでもない。
ただ無事でいてほしかっただけであり、私がたまらず家を飛び出して来てしまっただけなのだ。
苦笑する消太に思わず腕が伸びる。何度見てきたかしれない包帯の巻かれる頭ごと胸に抱え込む。むっと変な声をあげた消太に構わず抱き込めば、腕の中で苦しそうにもがく息遣いが聞こえた。その声に、消太は生きているのだという安心感が胸を覆い尽くした。

「……あけまして、おめでとう」

そう呟く私に、消太はもがくことを止めなされるがままとなる。一緒に新しい年という時間の流れの中にいられること。それが何よりも幸せであるような気がした。
除夜の鐘を一人で聞いて、テレビの新年のあいさつにぼんやりと言葉を返す。そんな行為を虚しいと思っていたが、今はそうではないのだとはっきり言うことができた。

「おめでとう」

私の腕を掴んだ消太がその手に力を込め、顔を埋める。ふふっと空気が笑んだ気がして、その振動が私の胸を震わせた。

「新年が病室からってのもなんだかな」
「そう?私は素敵だと思うな」
「?」
「だって、ヒーローっぽいじゃない?」

そう言ってみせれば、消太は目元に皺を寄せくしゃっと微笑んだ。
慣れ親しんだソファーもテレビも空気も何もかも無いけれど、私たちにはそんな場所もお似合いな気がした。


▼あとがき
お読みいただきありがとうございます。
今回はお正月アンケートからはもれてしまいましたが、私が書きたい衝動を抑えられずに執筆いたしました相澤先生と主人公の年越しの物語になります。
啄ばみテイストで、という素敵なテイストでのリクエストをいただけてとても嬉しかったです。
ありがとうございました。