小説 | ナノ


まくて、とける



今度の日曜、時間ある?

そう聞いたのには理由があった。
”木ノ葉のお花見はココで決まり!”
なんていうありきたりな雑誌を手に上忍待機所でぺらぺらと読み耽っていれば、無遠慮な視線が一つ二つ三つ......。

「お前らなんなのよ」

気付いていないわけがないでしょ、と溜息のついでに言ってやれば、無遠慮な視線を向けていた本人たちは目尻を下げにやにやと近付いてきた。
ほんと、なんなのよ。

「その雑誌人気よねー」

花より団子のアンコに言われてしまっては雑誌もかたなしである。

「で?お前さんは誰と行くんだ?」
「ちょっとアスマ!まだその質問のタイミングじゃないでしょ!」

息が合ってるんだか合ってないんだか。アスマの腕をばしばしと叩いていた紅は、それでもアスマの質問内容自体には賛成らしく女性特有のしおらしさでこちらを窺い見た。

「いやね、沙羅でも誘おうと思ってさ」

質問がそんなことかと思った俺は、手にしていた雑誌の一ページをまたぺらりと捲った。
次々と現れる桜の名所に、これはまた......と目を見張ったのである。

「ちょっと、アレなに?まさかアレで無自覚だったりしないわよね?!」
「さ、さぁ......?」
「あいつも案外......」

そんな風に外野がぶつぶつと何か言っていたなど、この時の俺の耳には砂つぶほども入って来なかった。
何故なら、沙羅へのお返しを永遠と探していたからである。
チョコレートを渡された日。
それは、好きな相手にチョコレートを贈る日でもある。
期待したわけじゃないけれど、その日チョコレートを貰えて嬉しかったことは確かだった。
勿論お返しはしないとね。
社交辞令でもなんでもなく、ありがとうの気持ちを込めて沙羅に贈り物をしたかったのだ。
しかし、いざ考えるとどうにも贈り物を自ずから選んだ経験が皆無に等しいことに気付いた。
いつもは贈られるばかりの俺が、誰かのために贈り物を考える。
沙羅に気持ちが届くものは何だろうか。
そんな時目に付いたのが、あの世に言う人気の”木ノ葉のお花見はココで決まり!”という特集が組まれた雑誌だった。
ランキング形式で次から次へと木ノ葉の里にあるお花見の名所が列挙されている。
捲るたびに現れる息を飲むほどのお花見スポットは、あっという間に贈り物候補最有力に名乗りを上げたのだった。

しかし、何かが足りない。

そう思うのは必然だった。
今まで貰う側として色々な女性たちから贈られたもの。その全ては、俺だけのためにと用意されたものばかりだったのである。
ここでお花見に沙羅を誘ったとしても、沙羅のためだけの贈り物になるかと言われれば経験上違う気がした。
勿論、気持ちは別の話だ。
気持ちは全て沙羅のためだけに用意するものである。

しかし、何かが足りない。

さてどうしたものか。
雑誌にはお花見に特集に便乗しようとしているのか、”桜の下で渡すとっておきに彼女も釘付け”なんていうさぶいぼが出そうなタイトルが踊っていた。
こんなものに頼るのは正直是が非でも嫌だったのだが致し方無い。
選択肢も、なければ選べるはずはないのだ。
ちらりと、恐る恐るページを捲る。
どどどん、と載るのはやはり定番の首飾りや指輪だった。
確かに小さな鉱石の首飾りなんかは沙羅に良く似合うのかもしれないな......と思いはしたが、きっと沙羅のことだから勿体無いとか言って箪笥に仕舞われてしまいそうである。
指輪も然り。
それに指輪は料理人にとっては邪魔以外のなにものでもないのだろう。
よって却下である。
視線を左へと移せば、そこには豪華な花束がこれまた色々と掲載されていた。
取材協力に山中花店の名前があることから、あそこも花見の時期は忙しいのだろうなと苦笑した。
花束か。
これまた沙羅が花束を抱えているところを想像する。
きっと溢れる花弁の彩りのように素晴らしい花笑みを浮かべてくれるのだろう。
しかし、だ。
花見の下で花束とは如何なものだろう。
あたかも瞬間の美しさを切り取ってみたと言わんばかりの花束は、風情がないような気がした。
価値観の押し付けをするわけではないが、きっと沙羅ならばその瞬間の花見を心に留めておくことの方を重要視すると思ったのだ。
俺の願望が大半を占めていると理解していた
からこそ、やはり花束の案は無しだった。

さてさてさて。
どうしたものか。

待機所のソファーに身を沈め一息吐く。
不躾な視線を送ってきたアンコも紅もアスマも誰一人として腰を上げていないところを見ると、今日の木ノ葉は平和的にみえた。
落とした視線が首飾りやら花束を捉える。
深い溜息が漏れた。

「本当にアレ大丈夫なの?」
「さぁね......」
「あいつも人の子ってことだろ」





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