小説 | ナノ

For you...



どうしようか。
そう考え出したのは最近のことだった。
非番を費やして木ノ葉を右往左往あっちへこっちへ。
一番大きな商店街から、人も寄り付かぬ裏から裏へ。
開いている店という店に手当たり次第入り、陳列されている物を目を皿にして吟味していた。
その様子に訝しがる者は多かったが、あまりに真剣な様子に冷やかしではないと察したのか、どの店も成り行きを見守るにとどめていた。
しかし入れど入れどコレだというものに出会えない俺は何一つ手に入れることなく店を後にすることになっていたのである。
それが数週間連続ともなれば、商店街ではちょっとした噂になっていた。
あの人はいったい何を探しているのだろうか。
そんな囁きが聞こえてくるほどだ。
正直、俺自身も何を探しているのかと問われても答えることは出来ない。
ただ、何かを探しているのだ。

彼女に似合う何かを。

事の起こりは数週間前に遡る。

「あれ、そういや沙羅ってそろそろ誕生日じゃねーか?」

気がきく男らしい発言をするゲンマに、小さな輪の出来たそこは一気に誕生日の話で盛り上がった。

「そうだ!あんた誕生日じゃない!」
「いにゃ、まだ先でふけどね」

むにむにと頬っぺたを摘まれた誕生日を迎えるらしい張本人の沙羅はへらへらと微笑んだ。
抓られたそこがほんのりと染まっているのを横目によく熟れた林檎のようだなんて密かに思った。思ったからかどうかは分からないが、突如としてゲンマから降ってきた言葉を聞き損ねていた俺は「いいよな?」と同意を求める言葉に首を縦に振ったのである。
それがまさか誕生日プレゼント選びの係だとは誰も思うまい。
気付かぬうちに、沙羅の誕生日パーティーが開催されることが決定しており、誕生日プレゼントを買って来る係として選ばれていた。
勿論、パーティーに参加すること不可避である。
「じゃあ当日をお楽しみにー」なんてひらひらと手を振るアンコとゲンマに肩を落とした。
その様子に何を勘違いしたのか、沙羅がそろそろとこちらを窺い見ている。

「ん?」
「いや、なんかごめんね。プレゼントもほんと気にしなくていいから!皆で楽しくパーティー出来たらそれで充分だし!」

うん!と何がしかの気合を入れる姿に、あぁ気を遣わせてしまったなと悟った俺は勿論弁解に走った。
きっとプレゼント選びの係にされてしまったことを申し訳ないとでも思っているのだろう。

「いや、違うんだ。プレゼントなんて選んだ経験が無いっていうのと、本当に男の俺なんかでいいのかと思ったり……」

なんとも頼りない言葉に辟易としながら沙羅を見やれば、サングラスで覆われた視界の中でそのほんのりと色づいた頬がくすくすと笑んでいた。

「アオバもそんなこと気にするんだね」
「当たり前だろう。大切な誕生日なんだから」

そう告げれば、まるで思わぬことでも言われたように目を丸くする沙羅。
次の瞬間にはほろりと角砂糖が崩れるような微笑みを浮かべていた。

「ありがとう。私ね、アオバの選んでくれた物なら何でも嬉しいよ」

にこにこと短く切り揃えた髪が風に揺れる姿に、あぁこういうことが素直に言える沙羅は美しい人なのだと改めて思った。
沙羅との出会いは何てことない平凡なものだったが、ゲンマやアンコと共に付き合っていくと心根の真っ直ぐな女なのだと知った。
飾らない言葉と態度は隣にいてとても居心地が良かったのである。
だからこそゲンマもアンコも、沙羅の周りには人が集まって来るのだろう。

「あまり期待しないでくれ」

そんな呟きも照れ隠しだと直ぐにばれ、辺りには軽やかな笑い声の花が咲く。
この花を枯らすことは出来ないなと、俺は一人誕生日プレゼントを選ぶ任務を全うしようと心に誓ったのだった。

とはいえ、言うのと実行するのとでは天と地程に差があった。
何を。から始まったプレゼント選びは、次第に沙羅に似合う物。沙羅が喜んでくれそうな物。という思考に変化していき、足繁く木ノ葉の店という店に通いつめるまでになっていたのである。
そして気付けばあっと言う間に沙羅の誕生日当日を迎えていた。
手元には相も変わらずプレゼントのプの字も無い。
午前中からいつものように歩き回ってはみたものの、どの店の代物も代わり映えすることなく、むしろ見慣れはじめてしまっていた。
そんな現状にがっくりと肩を落とす。
刻一刻と時は過ぎ、それこそ瞬きの間に太陽は西へと沈み始めていた。
早いところではガラガラと店のシャッターが閉まる音がする。
そろそろ本気でプレゼントを買わなくてはまずいと思いつつ、いざ何を買えばいいのかと悩み出したらキリがない。
財布をポケットから出しては引っ込めを繰り返しているだけ。
魂の抜けるような溜息ばかりが増えていった。
じきに屋台や飲食店の明かりが煌々と灯る代わりに、プレゼントを売っているような店は明かりを落としていく。
一つ一つとプレゼントの選択肢が狭まっていくことに、また足取りは一段と重くなっていった。
どんな物をプレゼントしたら沙羅は喜んでくれるのだろうか。
あの綺麗な笑みを絶やさずにいてくれるだろうか。
頭の中では沙羅がプレゼントを受け取った時の柔らかな笑みを想像していた。
けれど実際問題肝心のプレゼントが無いのでは話にならない。
どうしたものかとウロウロとしていれば、思わぬ声が俺の足を止めたのである。

「アオバさん?そんなところでウロウロしてどうしたんですか?」

振り向けば、閉店作業でもしているのか店先に出た花々を店内へと移動する山中いのがこちらを不思議そうに見つめていた。
これは救世主かもしれない。
そんな直感が働いた俺は、花々の甘やかな香りに誘われるようにしてすたすたと近付いていった。

「実は……」

年下の、それも女の子にこんな悩みをうじうじと打ち明けるのもどうかと思ったが、もうここまで来てしまっては背に腹はかえられない。
それに女の子であれば何か良いアイデアを持っているかもしれないのだ。
そうだ、俺はどうして相談するということを思いつかなったのか。
こんな簡単な解決策が目の前にあったというのに。

「んー、あ!じゃあこんなのはどうですか?」

一通り話を聞いた彼女は、んーと唸った挙句何かを思いついたのか店内へと吸い込まれて行ってしまった。
ぽつんと男一人が花屋の店先に残される寂しさといったらそれはもう。
言葉に出来ないものがあるな、と苦笑を浮かべていると「お待たせしました」という声のもと彼女へと視線をやれば、その手には可憐の二文字が似合うのだろう花束が握られていた。

「これは?」
「スイートピーです」

ひらひらと、まるで舞姫が踊っているかのような花弁が見事である。淡い桃色と白を基調とし、間に黄色のアクセントを入れることで華やかさが増していた。一緒に束ねられた霞草がこれまた舞姫の踊った軌跡に見えるものだから、我ながら綺麗なものには疎かったのだと再確認する。

「沙羅さん花は好きって言ってたし、それにスイートピーは一月の誕生花なんですよ。素敵でしょう?」
「誕生花……」

世の中にはそんなものまであるのか。
そんな常識を覆される出来事に出会った俺の頭では、瞬時にして沙羅が花束を手にする姿を想像していた。
きっと、良く似合う。
無意識のうちに頬が緩めば、そんな姿を見た彼女がくすくすと微笑む。

「包みましょうか?」
「あぁ」

全くもって決まる気配のない誕生日プレゼントだったが、ここにきて即断即決を絵に描いたように購入に踏み切っていた。
最後の最後まで粘っていてよかった。
そんな満足感を得た俺は意気揚々と誕生日会場になっている沙羅の家へと向けて歩き出したのである。





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