君に落ちる(tnzn)

 最近、我妻善逸には悩みがある。それは驚くほど後輩の竈門炭治郎から、いろいろな主張が繰り出されるのだ。具体的にはどういうものかというと、驚くほど直球に彼が好意を伝えてくる。それは善逸の鋭敏な聴覚で全力で真意を探るまでもなく、真っ当かつ正直な言葉であり、その言葉にどう答えるべきかということがあまりにも悩ましいと感じられた。 校門の前で露骨なまでに大きなため息をひとつ落とす。憂鬱というわけでは決してなかったが、どうしたものかとは思案しながら善逸は風紀委員の仕事である服装チェックの任についた。
「我妻先輩! おはようございます!」
「お……っはよ……って、竈門くん相変わらずその耳飾り外す気がないね?」
「はい、父の形見なので……すみません」
「何度目かなってくらい聞いた話だし、分かってたけどね? ほら、早く行けよ」
「いつもありがとうございます。我妻先輩はいつも優しいですね、好きです」
 いつものように挨拶し、いつものように校則違反の耳飾りの話をし、そこから流れるように感謝と共に告白してくる。ここ最近はずっと、こんな感じが続いているのだ。
「……ほら、竈門くん早くいきなって。先生に見つかったら面倒だろ」
 好き、という言葉をうまくかわしながら善逸は、何とか炭治郎を校門から離れるように促す。
 はい、と少し寂しげに視線を落としながら炭治郎は素直に返事をすると、とぼとぼと校舎に向かって歩き始めた。だがすぐに善逸の方へと振り返ると、満面の笑みを浮かべ直す。「我妻先輩。よかったら今日の昼ご飯、一緒に食べませんか?」
「え? いいけど?」
「ありがとうございます、迎えにいきますね!」
 先ほどとは打って変わって軽く弾むような足取りで、炭治郎の姿は校舎の方へと消えた。その様子を見守りながら、善逸は自嘲する。何故なら、彼は炭治郎が昼休みに迎えにくるということについて、どうしたらいいかと考えるよりも楽しみに感じていることに気づいたからだ。
 ここ最近の悩みが一気に氷解していくような、そんな気分だった。それでも炭治郎の言葉ほど明確な、名前をつけられるほどの確固たるものでは決してない。しかしながら、まだ名前もつけられないその想いは少なからず期待や、何かしらの感情を炭治郎に対して向けているということの証明でもあり、そんな実感をはじめて得てしまった。
(嘘すぎじゃない……?)
 その内心を隠すようにして、必死に風紀委員の仕事をこなそうとする善逸だが、炭治郎の去り際の笑顔が脳裏をよぎって、どうにも落ち着かない。浮き足立ったような感覚は、物事への集中すら散らし善逸の意識を散漫としたものへと落としてしまう。彼の横をどんどん生徒が通り過ぎていくが、結局の所そのチェックは行われていないに等しい。
「我妻」
 自分への呼びかけにもぼんやりとした様子のまま、返答もなければ振り返りもしなかった。善逸を読んだ声の主は、何度か繰り返して彼のことを呼ぶがやはり反応はない。
 ついには背後から善逸の肩へと、竹刀が勢い良く打ちつけられる。かわいた音がその場に響いた。
「痛っ! いきなり何ですか、冨岡先生!」
「いきなり? お前が聞いていなかっただけだろう。俺は何度も呼んだぞ」
 善逸の背後に立っていたのは、教師の冨岡だ。
「それは、すみません……」
 冨岡の言葉に、善逸は詫びることしかできない。それもそのはずで、今回は間違いなく善逸に非があった。とは言っても、相変わらずながら全力で竹刀を使ってくることに関しては異論を唱えたかったが。
「で、何の用ですか?」
「そろそろ予鈴が鳴る」
 その言葉はチェックを終えて、教室へ行くようにという指示だ。風紀委員とはいえど、最後までこのチェックをしている訳にももちろんいかない。いつの間にか時間が経っていたことに善逸は驚きながらも、手元のチェック表を冨岡に手渡した。そしてゆっくりその場を離れながら、いつもであればまっすぐ自身のクラスへと戻る足をひとつ下の学年の教室の方へと向ける。
 だがしかし、そこで大きく横に頭を振ると改めて自身の教室へ向かう道へと足を向け直した。
(何やってんだよ、俺)
 無意識に起こそうとした行動に愕然としながら、善逸はどうにか自身の動揺を誤魔化しながら一歩また一歩と教室へと向かっていく。その合間に彼の鋭敏な聴覚は多くの音を捉え、それでも無意識に炭治郎の音を探してしまうことに対して苦々しい思いを抱かずにはいられない。

 後になって考えてみれば、これこそが“好き”を自覚した瞬間だった。
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