聖なる夜は微笑んで(tnzn)

 ひと月近くも鳴り続けたジングルベルも今日が聞き納めだ。明日になれば世の中はあっという間に年始の装い、その変わり身の早さには毎年呆れるのを通り越して笑ってしまうが、それでもクリスマスという現代の地獄に比べればなんてことは無い。
 我妻善逸は内心満ち満ちた呪いを隠すことなく、とある街頭に立っていた。
 赤色を基調としたこの季節柄特有の衣装、サンタクロースの服に身を包み、やることはと言えばティッシュとビラを配ること。これでもれっきとした仕事で――とは言っても、学生のアルバイトだが――季節柄の手当に加えて衣装の分だけ割増されるという、かなりおいしい仕事だった。
 稼ぎとしては申し分ない、しかし気持ちはそう易々と割り切れないもので、聖なる夜に恨みはないがクリスマスというイベントには稼ぎ以外の楽しみをみいだせないことに対して善逸は、仕事中にも関わらず呪いのオーラとして撒き散らしている。
 おかげで人が寄りつかず、仕事の進行すらも妨げるという、自業自得ではありつつも踏んだり蹴ったりの状況とも言えた。
 埒が明かないと少し仕事を中断し、人通りの少ない脇道へと入り善逸は深く息を吐く。壁に手をつきながら脱力する様はどう見ても、残念なサンタだがそれどころでは無い。
「きっついわ……」
 無意識に出た言葉は、もちろん件の夜のクリスマスムードに当てたものでもあったが、それとは別と意味もあった。彼は他人よりも優れた耳を持っている、それは絶対音感というような意味合いもあるが、純粋に耳の受け取る音の数が多い。大半の人間には聞こえないようなものを聞き取り聞き分ける。
 その耳は善逸にとってはあまり歓迎すべきものではなく、実際人混みの中でする仕事などでは、音の煩雑さに集中しにくいと言うようなこともよくあるのだ。今もまさにそれで、多岐にわたる音の数々はまるで善逸を飲み込もうとでもしているようにすら、感じられた。
「大丈夫ですか?」
「へ……?」
 突然、背後から声をかけられ、善逸は少なからず動揺する。いつもなら気づくはずなのだ、人間の発する何かしらの音を耳が受け取ってしまう以上は。
 否、音がしなかった訳ではない。何故だかは分からないが、無意識のうちにその音には警戒を解いていたのだ。
(知らないのに、知ってるような……気がする。優しい音だ)
 そしてゆっくりと声のした方、音のする方へと振り返る。そこには赤みがかった黒い髪と、同じく紅い瞳、額の端に火傷のあとらしき痣と、花札のような耳飾りとが印象深い青年が立っていた。
 年格好は善逸と近しいだろうことを思わせる青年は、心配げな視線を向けている。
 その姿に見覚えがあるような、しかしやはり知らない人のはずだと、善逸の感覚は混乱をきたしていた。ずっと善逸の耳に届く、優しい音はその感覚をどんどん膨らませていく。
「あの……」
「あぁ! その! 大丈夫です!」
 妙な間と勢いで答える善逸に、青年は小さく首を傾げた。
「その……本当に……?」
 そう言う青年の音に、淀んだような音を一瞬聞いた気がして善逸は、それを逃すまいと一歩進んで耳を澄ます。
 すると、困惑の音が鳴った。当たり前だ、初対面の人間にされることではない。
「ごめんなさいね! ただ、その……俺よりも、調子悪くない? って思ったから」
 善逸の声は自信を無くして萎んでいくが、言われた青年の方は目を見張るばかりだった。
「そんな風に言われたのは、初めてです」
「そりゃそうですよね! ほんとごめんなさいね! 二度とお会いすることもないと思うけど、本当に!」
 慌てて立ち去ろうとする善逸の手を、青年は反射的に掴んで引き止める。予想外の青年の行動に、善逸は困惑するばかりだが、そんなことなどお構い無し真っ直ぐな視線を向ける青年もまた、どこか困惑しているように思われた。
「どこかで、会ったことありましたっけ?」
 青年は疑問の言葉を投げかける。
「ないはず……ですけど……?」
 事実あったことはないはずだが、青年と同じ気持ちを抱いていた善逸の言葉は尻上がりに疑問系の音で答えてしまった。
「へん、ですよね」
 苦笑しながら青年は言うが、善逸の方もやはり苦笑するばかりだ。初対面のはずの人間と、たまらず笑い合ってしまうのだから驚きである。

――そのとき、善逸の脳裏に映ったのは、目の前にいる青年とよく似た……服こそ違うがまさに当人といった姿をした人物が、目の前で笑う姿だった。

 善逸だけの笑っていた声が、ぴたりと止む。その黄金色の瞳からは大粒の涙が溢れて止まらない。
「えっ、あの……えっ?」
 慌てふためく青年を後目に、涙は止まることを知らず溢れてくる。その涙に、すっかり暗くなってきた街に灯る光が映り込み、まるで宝石のようだった。
「あっ……と、その……昔のこと、思い出しちゃって……」
「そう、ですか……それは、悲しい思い出、ですか?」
「へ?」
「……なんでもない、ので忘れて……」
「とても、いい思い出。嬉しくて、幸せで、泣きたくなるほど優しい……」
 途切れ途切れの言葉で話す二人の間に流れる空気は、どことなくぎこちない。そして善逸の言葉に、目の前の青年が驚いてその瞳を見開いた。
「えっと?」
 首を傾げて見せた善逸に対して、今度は青年がぽろりと紅の瞳から涙を流す。
「なになになに! 俺、さっき変なこと言っちゃった? 言っちゃったか! 何が悪かったのか分かんないけどごめんね!」
「違うんだ……違います、俺も昔のことを思い出して」
 涙をたたえた二人の視線が交わる。その瞬間に、すべてを悟った。ずっとずっと昔、前の生のときに共に生きた者だと、目の前にいるのは愛しい愛しい想い人であることを。
「たん、じろ……」
「善逸」
 二人は堪らず距離を詰め、そのまますぐに抱き合った。彼らの瞳からはあたたかな涙がこぼれ落ちていく。それは幸せの涙だった。
「また、会えたな」
「馬鹿、炭治郎の馬鹿野郎」
「……それは酷くないか」
「酷くないね! 俺を置いて行くなんて酷いだろ」
「ああ、それは……俺が悪かったな」
「だろ? だから、後で飯奢れよ」
「わかった」
「あ、いいんだ?」
「サンタクロースがくれた、最高のプレゼントの対価には安いと思うぞ」
「……いや、俺がいま、サンタクロースだけどな」
 先程までのあまりにもぎこちない会話が嘘のように、旧知の間柄としての仲睦まじい会話が交わされていく。涙を流し、笑顔を向けあい、他愛もないやりとりは、二人に幸せと安堵を与えた。
 もう離さないとでも言わんばかりに、しっかと抱き合う彼らは側から見ればサンタクロースのコスプレをした青年と着飾りの過ぎない青年が、抱き合っているという不可思議この上ない絵面ではあったが、この際そんなことはどうでも良い。
 愛しい人と再び巡り合えた、その喜びを二人は噛み締めていたのだから。
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