お布団のなかがひとりきりになったのは13歳のたんじょうびを迎えてからだった。
「しーんすけ」
「はやく寝ろ」
「いっしょにねて」
「おやすみ」
そっけなくことばを放つくせに晋助はわたしが眠るまでわたしのそばから動こうとしない。どうしてなんだろう。夜になると、どうしてくっついちゃいけないのかな。
「晋助」
「………」
「しんすけおにいちゃん」
一呼吸。そして晋助のおおきな手がわたしにそっとふれた。長い指が、おでことほっぺをゆっくりすべる。
「おはなししよう、ねえ、晋助のおはなしききたい」
「かぐや姫でいいか」
「とおい国のおはなし!」
「……むかしむかし、江戸よりもずっと離れたある国」
「うん」
「そこのふかい森にひとりの魔術師が住んでいた」
「まじゅつし?魔法をつかえるひと?」
「……そうだ」
「いいなあ」
「そうかい。だが魔法使いさんはひとじゃねえからな。まわりの人間共に気味悪がられて、森の奥へにげたのさ」
「………」
「ちいさな魔法使いは、魔法でともだちをつくろうと毎日杖をふった」
「…できるの?」
「できねーから何度も何度も魔法をかけたんだ」
魔法使いは、ある日ついにねこをつくりだすことができました。よろこびのあまりそのちいさなねこを抱きしめると、ねこはみるみるうちに砂になってしまいました。魔法使いはなきました。毎日毎日、さびしさとかなしさと、じぶんのおそろしさにひしがれてなきました。それからまたある日のこと、魔法使いのなき声を、森に迷ったひとりのおんなのこがききつけました。おんなのこはおおきくそびえる千年樹のそばで、ちいさな魔法使いをみつけました。そしてしゃがみこんだ魔法使いに、どうしたの、とききましたがそれでもなきやみません。おんなのこは、魔法使いのからだをやさしく抱きしめてあげました。するとどうでしょう。魔法使いがぴたりとなきやみ、森にはしずかな音がながれます。おずおずとゆっくり、おんなのこを抱きしめかえす魔法使い。しばらくして、魔法使いはまたないてしまいました。あたたかさと、くずれないものがあるといううれしさに、こころがほっとしたのです。おんなのこはすこし困ってしまいましたが、やさしく笑って魔法使いがなきやむまで、ずっとそばにいてあげました。
俺がなぜこのはなしをしたたのか優美はわからないだろうし、俺自身もよくわからなかった。むかし読んだうろ覚えの童話だ。すでにおだやかな寝息をこぼす優美をみつめ、毎度おもう。ほんとうに、まだあどけなく、それでも女なのだと。握ったちいさな手をそっと離せば、みるみるやさしいあたたかさは逃げてゆく。優美が十三になった夜をおもいだした。さみしい、こわい、となきわめく優美を、必死にねかしつけたあの夜。ひとりきりの布団がこんなにもさむいのだと身にしみた、よる。
「おやすみ 優美」
俺が優美というおんなを女と意識しはじめたのは、彼女が十三の歳を迎えてからだった。