煙管のけむりを窓にむけてくゆらせた。ふわり。障子窓のわずかな隙間から灰色の空へとんでゆくそれは、まるで踊り子のようだ。きっとそうだったらくもの上でへたくそなダンスを披露するのだろう。ひざに乗せられた、ちいさなあたまがもぞりと動く。
「ねむいか」
「…んーん」
「うそつけ」
「ねないもん…」
ちなみに現時刻はまだ昼だ。おやつに最中をたらふくほおばった優美は、何がしたいのか暇つぶしにしばらくたたみの上をごろごろと転がり、そして辿りついた先は俺の膝上だった。
「おひるねするのは晋助と一緒じゃなきゃやだ」
「そうか、わがまま姫にきく。いつもひとの着物を皺だらけにすんのは誰だ」
「だれだ」
「寝るなら布団へ行け。俺の着物に皺をつけんな」
「………やだ」
でた。こいつのやだ。これはもう優美の口癖として年々染み付いてきている。もっと早くに気づき正しておくべきだった。
「晋助」
「…………」
「…しんすけ?」
「…なんだよ」
ちくしょう。無視をきめこむつもりだったのに不安げな声色にあっさり負けた。優美は俺の空気に敏感でかんじとるのも素早いため少々やっかいだが、どこかまんざらでもないのはなぜだろうか。優美がゆっくり身体を起きあがらせると、ひざのぬくもりがすこしずつ引いていった。窓辺はすきま風があたる。おおきな茶色い瞳がゆれている。そこにいる自分も、ゆれている。
「…おこった?」
「別に」
「………」
「……怒ってねえから、そんなツラしねーでくれや」
「ごめんなさい、晋助」
こいつは俺によわいが、俺もこいつにはほとほとよわい。全くもって滑稽だ。身体中にくすぐったい感覚を走らすなにかの正体がわからず、じれったい。優美のあたまをわしづかみ、乱暴にまたひざのうえに寝ころがらせた。
「晋助のいいつけ、ちゃんと守ってるでしょ」
「…そうだな」
「しんすけおにいちゃん」
とおい昔の響き。胸のあたりがくすぐったく疼くその呼び名。ちいさいちいさいあたまを、そっと撫でた。糸のようにほそい髪がさらさらと指にやわらかく絡まる。優美がああ呼ぶのは決まって俺にふれてほしいとき。
「あったかい、お膝」
「よる眠れなくなるぞ」
「いいもん……ねむくなるまで…しんすけとおしゃべり、する…」
「くく、その時はとおい国のはなしをしてやろうか」
「……んー…ん…」
「むかし、森にいた魔術師のはなしだ」
ひとに、たくさんありがとうとごめんなさいを言える女になれよ。すこし癖はあるが、俺の言ったことは守りながら成長してるようだ。