「い、痛くしないでね…なるべくやさしくしてね…!…… ね、晋助聞いてる…?」
「… 聞こえてる」
「あ、そうだ!目ぇつむるから…!……はい、いつでもどうぞ!」
「……、いくぞ。動くなよ」
「っ、!!まってまって、やっぱりこわいぃ…も、やだぁ…どうしよう晋助…」
「……… オイ」
「…、はい…」
「望み通り痛くねェようにしてやる。だから早いとこ腹ァ括れ」
「う……でも、…もしも痛かったら、いつものおまじない、してね…?ぜったいだよ?」
「……」
「あれ、でもこれからは痛いとか関係なく、お願いしたらすきなだけしてくれるんだっけ?」
「……、」
「ねえしんす 、っっいったああい!」
「大袈裟だな」

ほっぺたのガーゼを固定していたテープを、晋助が勢いよく引っぺがした。こういうの、ひと思いに終わらせるほうがいいんだろうけど怖いものは怖い。

あれから厠に向かおうとした晋助に付いていこうとしたけれど当然断られてしまい、でも、しばらくしてちゃんと部屋まで戻ってきてくれた晋助の腰に素早く抱きついて、キスをねだるわたしを晋助は制さなかった。消えたりなんざしねェよと、苦笑しながらかおを近付ける晋助を合図に、わたしも目を閉じた。
けれど晋助が寄越したのは「頬のガーゼ、貼り替えるか。剥がすからじっとしてろ」と急に思い立ったのか、そんな宣告だった。そうしてさっきまでのぐたついたやり取りに至る。

「もお!わざと乱暴にしたでしょ!」
「……いいから大人しくしてろ」
「っん、」

晋助のくちがわたしのくちを塞いだことで、言われた通りぴこんとおとなしく固まってしまう。そんなようすをみて晋助は目を細め、それから袖を捲って露わになったわたしの腕に目を落とした。包帯の巻かれた部分にそっと晋助がゆびでふれたとたん、昨夜みたく眉根を寄せるものだから、慌てて自分のうでを軽く振ってみせた。

「へいきだよ!もう全然いたくないから」
「……」
「それよりもほっぺたのほうがじんじんしてるから、えーっと、だから!もっかいちゅうして!」
「元気だなテメェは」

だが何よりのことだよ、と晋助はそう付け足しながらわたしのあたまをぺしりと叩いた。柔らかいちからだったために全く痛くはなかったけれど、反動で目をつむり、 ん。と声がもれたわたしの唇をまた、すっとしずかに奪う。
しばらくして、頭を傾けわたしのかおを覗き込みながら、してやったりとでも言いたげな表情で離れてゆく晋助に、ずるいと非難したくなってくちを尖らせた。望み通りしてもらったことだけど、こんなやりかたずるい。いっそうどきどきするに決まってるのに。
机の上に並べた塗り薬や、切り揃えたガーゼを手に取り、手際よく傷の手当てをし始めた晋助の手元からかおへ、ちらりと視線を移す。視線は合わなかったけれど、傷口を一心に見つめる晋助の目つきや、微かなまつげの動きに心臓がきゅうとちいさく鳴いた。その悲鳴はだんだんと、甘えたい欲求をおおきくさせる。

「……さっき、ほっぺた痛かった…やさしくしてって言ったのにー…」
「…自業自得だ、おまえが悪い」
「う…、そ、そりゃあ…元はと言えば怪我してきたわたしが悪いけど…」
「そうじゃねェ」

薬を塗る手の動きはいっさい止めず、目線もそのまま、晋助はわたしのことばを遮った。

「……… しんすけ?」
「そっちの件に関しては…俺が悪かった。…何度も言わせるんじゃねェよ」
「…?じゃあわたしは何がいけなかったのよう……」
「一々誘うような言い方をするな」
「……さそ、」
「昨晩しそびれたことを続けたくなるだろう。仕方なく、ああでもして黙らせねェとな」

腕に負った怪我からちょっとした切り傷にまで、くまなく施された薬の容器の蓋をしめ、箱のなかへぽいと投げ入れる晋助の動作を見つめながら、ことばの意味を理解する。
サッと自分のかおが熱くなったのがわかった。

「さっきのほっぺたよりももっと、痛いのかな…つづき、したら…」
「おまえは泣き虫だから、そんなモノ比じゃねェほどに痛がってはぎゃあぎゃあ騒ぐだろうよ」
「む、…どうだろう?そんなことないかもよ?晋助がやさしーく!してくれたら!」
「…あァ、そうだな」
「……そうだな?」
「昨日は中々色っぽい声を上げていたしなァ。少しは歳相応に育っていたようで何よりだよ」
「…!う、…ぁ、」
「続きが楽しみだぜ」
「や、やだ!!さっきみたく、またわざと痛くするつもりでしょ!!」
「……優美」

不穏なことばかりぽんぽん言われておもわず座ったまま後ずさると、晋助がそろりとわたしのほっぺに手を伸ばし、わたしの名前を呼んだ。それにぴくりと反応して、動きが止まった。

晋助のとってもやさしいこえが、わたしの名前をただ、ただ呼んだだけなのに、伝わったから。

「…でも、痛くても、怖くはないもん。晋助といっしょだから」

離れないでと、おねがいするような。そんな声が。

「晋助、あのね」

左のほおに添えられた晋助の手に、自分の両手を重ねる。それから、重ねた手のほうに向かってほんの少しかおを傾け、くっついたてのひらに頬ずりをした。もうちっとも痛くなんかないのに、相も変わらずやさしすぎる手つきに涙をぐっとこらえて、熱くなったのどに息を吸いこんで、くちを開いた。

「すき、」
「……急にどうした」
「たくさん言いたいんだよ。ずうっと言えなかったことだから」
「、 優美」
「すき、晋助すき…すき、」
「優美」
「すきだよ。だいすき、晋助……何度も言って、…ごめんなさい…」
「泣きやめ」
「っ、うん…ごめん、」
「…おまえが」
「、…うん」
「優美が…そう伝えてくれる時くれーは、もう悲しまずに、泣かずに済むようにしてやりてェんだよ」
「……… へへ」
「…だが困ったことに、おまえは泣き虫だからなァ」
「晋助が、うれしくても涙が出るのは可笑しいことじゃないって、教えてくれたもん。だからだいじょうぶだよ。… 困らなくていいんだよ」
「…今優美は、嬉しいのか」
「そうだよ」
「もう、苦しくはねぇのか」



晋助は? まだくるしい?こわい?
長い間ずっと仕舞っているこのといかけを、ひとつ呼吸をしてぐっと呑み込んだのは、

今じゃない。きっと聞くべきそのときは、まだまだ先。そうおもったからだった。

「うん、ちっとも」
「優美」
「なあに」
「…泣きやめ」
「………、へへ…」
「……泣きやんでくれ」
「泣き止む…から、 たくさんたくさん言っていい…?」
「…何度でも言ってくれよ」
「…もうわたしのすきはちがうって、言わない?」
「言わねぇ。違うことも…この先ねェから、離れてくれるな」
「離れないよ。もうぜったい、離れたりしないから、…ずっと言わせて、」

ことばが目に見えるものとして存在できるのなら、きのう晋助にもらったすき はきっと、橙を帯びていて、おひさまが沈む前のどこかさみしくなってしまうせかいを ほんの少し冷えてしまった手足の先を、そっとあたためてくれるような。そんな姿をしていたとおもう。


ちいさかった頃、沈む夕日を見つめながら晋助と手をつないで、たんぼ道をよくさんぽした。坂道へさしかかればしゃがみ込んで、わたしをおぶってくれるやさしい背中に、めいっぱい抱きついた。
晋助がゆっくりと歩く度に伝わってくる振動が、穏やかで、とてもやさしかったこと 晋助の肩越しに見えた山のずっと向こう側の、まん丸の橙を指差しながら交わしたことばを、晋助としたやくそくを、わたしは忘れない。






「しんちゃ、みて。おっきいりんごがあるよ」
「今日のはまた随分とデケーな」
「まんまるだねえ。 きれいだねえ」
「あァ、そうだな」
「優美としんちゃんではんぶんこしたら、きっとすっごくおいしーよ」
「食うつもりなのか」
「どうすればあのりんご、食べられるのかなあ」
「…俺が取ってきてやるよ」
「、しんちゃんが?ほんとう?」
「おまえが欲しいモンなら約束してやる」
「やったあ。じゃああした、食べられる?」
「…………」
「……しんちゃ?、…どうしたの?」
「…… 明日かその次の日か、まだまだずっと先か…まァ、その頃にはおまえがもう、今日の林檎のことなんざさっぱり忘れているだろうよ」
「…?じゃあ…じゃあ、あしたもそのつぎも、まだずうっとさきも、いっしょだね。優美としんちゃん、いっしょにいるんだね」
「……くく、…」
「うれしいね、とっても」
「…そうだな」
「えへへーうれしい!うれしいねえ」
「……あァ」
「しんちゃんだいすき。ずうっといっしょにいる」
「 …敵わねェなァ。優美には」




「約束だ優美。だから俺と、……俺のそばにずっといてくれ」





あのとき晋助はわたしをおぶってくれていたから、かおも見えなかった。ゆびきりも交わさなかった。
ただ、前の夕焼けをみつめていた晋助から、ことばだけをもらった。やさしいやくそくを、まだちいさかったわたしへちゃんと伝わるように。

晋助がたしかにことばにして 声にまでしてくれたものをくれたのは、きっと晋助にもやって来たんだろう。伝えなきゃいけないって、そうおもったそのときが。

そして今、わたしにも。

まだずっと先、いつか分からないその日まで仕舞っておかなきゃいけないことも、いくつかあるけれど。
昨夜もらった晋助のすき に、お返しをするときが 今わたしにも。


「晋助、愛してる。 ずっと一緒にいるよ」
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