あったかいとおもった。
そばにあると疑いもせずにぬくもりを手で探して、何も掴めないことに気づいて目を開くと、冷たいひとりぼっちの布団のなかだと思い知った。ここしばらくそんなしょっぱい毎朝を繰り返していたけど。
きょうは恋しくてたまらなかったあったかさが、たしかにある。それも、ただとなりにあるだけじゃなく、隙間なくわたしにぴったりとくっ付いて、包んでくれている。これ、知ってる。わたしだけのとくべつだ。わたしだけのものだと晋助が言ってくれた、ぬくもり。

「……ぁ、」
「…優美」
「………しんすけだ」
「寝惚けてんのか、まだ眠ィなら寝てろ」
「…ゆめじゃないよね」
「……生憎と現実だが、夢ならどうするつもりだった?」
「…ぎゅーってしてっ て、わがまま言ったり甘えたりしたかった……」

だって、現実なら離れろって言われる。睨まれて、でもわたしがしぶしぶ言われた通りにすると晋助が苦しそうなかお、するんだもん。
夢のなかなら、めいっぱい甘えられる。

「……すりゃいいだろう」
「、いいの?」
「いいと言った」
「現実でも?」
「夢の中の俺だろうと他の野郎に引っ付くなんざ許さねぇからな」
「……ふふ、ふ、」

変わらない手つきと、指使い。わたしのほおを滑るやさしい感触とだいすきな匂いに、また微睡んでしまいそうなきぶんになる、なつかしいいつもの朝。

「あいにくじゃないもん…こんなにうれしいことないよ」
「…そうだな、」
「ゆめじゃない、晋助だ」

やっと目を開いて上を向いたら、だいすきな晋助がいた。わたしに布団と、寒い日は更に自分の羽織りを被せてくれてからどこかに出掛けてもいない、起き上がって、わたしのそばを離れてもいない。目を覚まして、晋助がいる。
へにゃりとほおを緩ませれば、晋助も目をやさしく細めてわたしの髪を撫でてくれた。うれしさに泣きそうになるかおを隠すため、鼻先をそっと晋助の胸元に置いて、うでを晋助の腰に回す。そこでふれた晋助の帯のおかげで、はたと気づいた。
自分の格好に。

「…?帯が直ってる…」
「……」
「あれ…あれえ?ちょっとまって、!」
「朝から元気なこった。まァ、随分と熟睡出来たみてェだからなァ?」
「う、なんで晋助機嫌悪そうなの……もしかして、きのうわたし……寝ちゃっ、た、……んだね…」

質問をするつもりがもう途中で確信に変わってしまい、言い淀むことばを晋助にではなく自分に言い聞かせた。晋助はそろそろと目線を下げるわたしのほっぺたをむにりと包んで、そのまま親指で目元にふれる。

「よく眠れたか」
「う、うん…あ、そういえば久しぶりに夜中起きたりもしなかった、」
「…ならいい」
「ご、ごめんなさい晋助…」
「どうせここしばらく寝不足だったんだろう、…よかった」

わたしの目元や下まつげを、晋助の親指が羽みたいにふわりと撫でてゆく。隈が出来ていたことにとっくに気づいてくれたこと、手つきや晋助のやさしさにきゅうとなった胸がうれしいよと、しあわせだよと声をあげて、思いの丈はくちからぽろりと溢れでてしまった。

「…晋助、すき」
「…オイ、」
「昨日、の……つ つ、づき……今する…?」
「……………」
「……いっぱい寝たから…今はもう大丈夫だし、」
「……」
「な、なんで黙るの!」
「煽るんじゃねェ、っとに…」
「ん、!」

わたしにだって一応はずかしいってきもちはあるのに一向に何も返ってこないものだから、どうしようと慌ててしまう。ひとりではずかしさもどんどん上り詰めて目も泳ぐわたしを、晋助がぺしりとかるく叩いて落ち着かせた。

「自分でも、」
「…?」
「驚くくれェに満たされた」
「ぇ、…」
「身体を繋げなくとも、優美が俺のところに戻って、俺のモンになってくれたからなァ」
「……」
「今はただ、それでいい」

ずっとわたしは晋助のものだった。それは変わらないことだったけれど、昨夜のおかげでだいすきだってきもちも全部晋助のものになれた。晋助のものにしてくれた。
晋助がわたしを抱きしめる腕にぎゅうってちからを込める。それだけでわたしはもっと、もっとと欲しくなるのに。

「今は、ってことは…いつかは足りなくなるの?」
「…敏くなったな、分かってんじゃねェか」
「…! いつ?ね、いつ?」
「……だから煽るなと、」
「だめ?だってわたしは晋助と、」
「これだったか、おまえが夢の俺に強請る予定だったもんは」

ぶっちゅううって。そんな効果音がしそうなくらいの、ちゅうはちゅうでも思い描いていたものとはだいぶ別物のそれを、現実の晋助がくれた。もしかすると夢での晋助もこうしたかもしれないと一瞬考えたけど、目の前の、わたしのだいすきな晋助がそんな想像すらも許さないと言わんばかりにくちを重ね合わせてくる。
どんどんと深くなって、食べられちゃうみたい。思考まで靄がかかってゆくようなキスだった。

「ん、んうう、」
「……ハ、」

晋助の熱っぽい息が、耳をやわらかく刺激してくる。きのうの、行灯の橙に染められた表情とはちがう、窓から入る朝日の白に肌がつやりと輝いてこっちの晋助もまたきれいだった。晋助はなんでも似合ってしまうからどんな瞬間も見逃したくないけれど、見過ぎてもなんだか耐えられなくなりそうで。でも見ずにいることももちろんできないから困ってしまう。

ちゅ、ちゅと啄ばむような口づけをしながら起き上がった晋助が昨晩みたいにわたしの身体に被さる。体勢のせいで襟がたらりと下に向かい肌との隙間をつくって、ただでさえ露出のおおい晋助の胸元を更にさらけ出した。
色気を凝縮したそこへ釘付けになってしまい、おまけにさっきのキスでぼうっと蕩けてしまったわたしに気付いた晋助が喉を鳴らす。それだけでも艶の乗る晋助の声に、きゅっと身体が縮こまって悲鳴をあげそうだった。
こぶしのかたちになったわたしの手を両方とも、かおの隣に置いた晋助はそのまま手首へちからを込め固定しようとする。知らなかった。動きを奪われて、抵抗できないのにどきどきしてしまうこと。このままわたしのことをすきにしてほしいという欲が、戸惑う思考を押し退ける。
かとおもったら、もう耐えられない羞恥のほうが結局上回った。

「っ……!もう満足!」
「…へェ?優美から誘ったクセにそりゃねェだろう」
「さそっ……晋助だって満たされたって言ったのに!」
「足りなくなっちまういつかがたった今になった」
「は、はやいよう…」

きのうも見た晋助の、そろりとくちの端をあげて、目を妖しく細めて、濡れた唇をぺろりと舌で拭う色っぽいしぐさにくらりとする。朝からこんな調子だなんてどうすればいいんだろう。晋助も、わたしも。

「あまりさっきみてェなことばかり言ってくれるなよ、」

身がもたなくなりそうだと、わたしの唇にゆびでふれながら晋助が言う。
しばらくしてから、わたしも、と苦笑してちいさく返した。晋助もわたしとおんなじだったみたいだ。こういうの、自分で自分の首を絞めるっていうんじゃなかったっけ。
とりあえず、まだ上に乗ったままの晋助をぎゅっとし返すだけに留めておく。

「……、」
「言わないけど、ぎゅうってするのはいいよね」
「……厠に行きてェ。少しの間離れてくれ」
「ええぇ」
「文句を言うんじゃねーよ、大体おまえが中々起きねェから、」
「? 気にしないで行ってきてもよかったのに」
「……万が一その間におまえが目ぇ覚ましちまうと、一人で不安がるだろう」
「……」
「…何だ」
「ううん、……好きだなぁって」

溢れ出るすきが、ほろほろと零れていって。言わないなんてやっぱり無理だ。晋助のほうこそやさしいことばかり言うのを、止めてくれないのに。
すきを押し留める方法なんてわからないけれど、もうそんなこと必要なくなったのだとおもう。だって晋助が、わたしの晋助にあげたいこの感情全部、もらってくれる。だから今は何も考えず甘えたい。いつまでもという約束を信じて。

厠、行かなくても大丈夫なのとわたしが訊ねても、文句を言うなと言った晋助がわたしの問いかけを飲み込むようにまたちゅうをするものだから笑ってしまう。可笑しくて、そしてたまらなくしあわせな朝だった。また忘れられない、やさしいおもいでが増えた。
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