泣き顔を、夢で、頭のなかで何度も見た。そんな優美を目にしながらも、想像のなかの自分はちいさな身体へ伸ばした手を止められなかった。
買い与えた着物の内側に、あの白い手首や首筋よりもさらに真っ白な肌が、控えめな、だがきちんと女らしくなった身体つきがあるのだろう。もう若気の至りだと言える歳でもないというのに、餓鬼みてぇにそんなことを考えた。
泣かせたくない、泣き顔を見たい。何もかも自分のものにしたその時、あいつはどんな声を聞かせてくれるのか。知りたいとおもったことも事実だ。
ただでさえ幾度となく泣かせてしまった。そしてきっと、これからもおなじことが続く。だったら終わらせてやればいいともおもった。力任せに抱いて、抵抗するのなら簡単に身体をねじ伏せてやり、そうやって恐怖を植え付けてしまえば。
男という生きものも、痛みもすべて自分が教え、与えられる。きっとそれでいい

「晋助、あのね、」

どろりと濁った思考に覆い尽くされてしまうかとおもえば、それを消し去るのはいつだって優美だった。
我に返り声のほうを向けば、無防備にえくぼを見せながら笑う優美が、いつもそこにいた。

きれいな星をみつけた。
読んだ絵本の挿絵が可笑しかった。

紡がれるそんな取り留めのない話に、あの笑顔に何度救われただろう。

「晋助にも見せてあげたいなあ」

何度だって救われた。
痛みなんざ与えようと、無意味だとも気付かされた。何故なら優美が一番恐れているのは痛みではなく、俺とおなじものだったからだ。

「だからあしたも、あさってもその後もずうっと。一緒にいてね」





うう、とくちを尖らせ、眉根を寄せながらこちらを見上げる姿にふっと気が緩んでしまう。あまり強く弾いたつもりはなかったが、先ほどまでの甘ったるい空気がすっかり消えてしまった為結構な効果があったようだった。
いつもの光景、いつもの俺達だ。それにひどく安心し、こみ上げる笑いを悟られないように堪え、額を抑えている優美の手をゆるく握った。

「……!、また痛いのするの?」
「…しねェよ、いいから手ェどけろ」
「うー…」

おずおずと素直に手を退かせ見えたそこに、ちゅ、と音を鳴らしながら唇を落とせば、ぱちぱちと優美がまばまきを繰り返す。

「、ぁ…」
「…痛いの痛いの、飛んでいけ」
「………えへ、えへへぇ、しんすけー」
「…どうした」
「わたし、これだいすき」
「そうかよ」
「おとなになってもこの先もずっと、 これ、 してほしい…」
「…構わねーが、おまえその都度痛ェ目に合ってくるつもりか」
「う、…じゃ、じゃあ、晋助のでこぴんなら、我慢できるから…」
「何で俺がしなきゃならねェ、ガキの時みたく転んでこい」
「えぇ、やだぁ」
「……別に、してほしけりゃ、…おまえが欲しいだけ何度でもしてやるよ。だから無闇に怪我なんざしてくるんじゃねぇぞ」
「…いいの?」
「あァ」
「でもこれ、痛いのを飛ばしてくれるおまじないだって、晋助言ってたのに…ちゅうだけもらって罰当たらないかなぁ」

いつまでもいつまでも、俺の言ったことを素直に信じる優美にくすぐったい感覚が巡る。自分の後を危なっかしい足取りで着いてくる少女を愛らしくおもっていた感情が、やがていとしいになること。あの冬の日の俺は、分かっていたのだろうか。

「あ、だからね!もうほんとうに痛くないよ。おでこも……こっちのほっぺたも。もう飛んでったよ」
「……今から俺はもっと痛ェことをするかもしれねェぞ」
「へいき」
「…まじないがあるからか」
「ううん、晋助だから」

こんな殺し文句もどこで覚えてきたのかと頭を抱えたくなったが、すぐに思い直した。覚えたのではなく、優美の中で生まれたものなのだと。
見上げてくるまっすぐな目は、あの冬の日と何も変わっちゃいなかった。

「逃げたりしないから、心配しないで」
「してねぇ」
「そっか、」
「…もう、してねぇよ」
「…ほんとう?」
「本当」
「……よかった」

そうだった、優美はこういう奴だった。
優美の為に買ってやった甘味だというのに、いつだってそれを俺にも半分こと言って分け与えていた。膝や額を擦りむいて来ながら俺のことを探して、摘んできたというきれいな花を差し出してくれた。好物を独り占めしようなんてことは考えもしないくせに、俺の抱えた痛みや苦痛なんかは、全て自分ものにして 背負いこもうとする。
優美がそういう女であることを、左目を失ったあの時、嫌という程知った。

「優美、」
「っ、…んん、ひぁ」

耳朶をやわやわと食みながらふとももに手を滑らす。想像のなかの自分は情け無さや余裕のなさを隠すように、急く手つきで優美にふれていたが、いざ目の前で起こる現実になると、触り心地をじっくり味わえるくらいには穏やかな気分だった。白い肌にふれればふれるだけ、黒い感情は消えていく。恐れていた想像が霞み、焦がれていた現実だけが目に映る。
やっぱりこいつには敵わねぇと、つくづく感じた。

「んっ………あ、…どうしよう…」
「…今度は何だ」
「晋助のばかぁ、…もっとこう、他のパンツ…もってきてくれたらよかったのに…」
「……おまえらしくていいだろうが、それ」

艶のある表情をみせていたかと思えば、こうやって恥じらうポイントが若干ずれているところがいつもの優美で、今度こそ笑いがこぼれた。随分と良い気分だ。
優美の言う通り馬鹿になってしまったと、それは優美のせいだと。だが悪くねぇともおもいながら、内腿にのったままの手を動かし、ちいさな黒猫のいる場所を人差し指で撫でた。
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